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2012/01/15

自分の運命は自分で決める

今週休暇に入る前に、聴いた言葉が衝撃的過ぎて、自分の人生をどうするのか、ここ数日真剣に考えた。今が自分の市場価値のピークで、あと数年もすれば世界中の本当に優秀な人材が、我々が長年培ってきた理念や原理原則を最速でキャッチアップして体現しはじめる。グローバルフィールドでの私の付加価値は下がる。日本においても、優秀な外国人マネジメントが逆流し、おそらく熾烈なポスト争いになる。そこで生き残れるならまだまし、志があっても能力が伴わないと何も成し遂げられないだけでなく、厳しい表現をすれば完全にお払い箱だろう。「フラット化する世界」なんて本の中での話しとは思っていないにしても、殆どの人間は他人事と思って生きている。いよいよその時が来た。ずっと考えて続けていると、自分は何に喜びや充実感を感じて生きているのか、よくわかってくる。言葉にするとこうだ。自分は、自分の人生を「教え育む」ということで人々の成長を実現し、人々の生活を豊かにし、世界をよりよい場所へと導くことに心血を注ぐことを、自分の人生の成し遂げる目標とし、21世紀が人の成長にイノベーションを起こした世紀となるような仕事を実現する。2012年は教育者としての自らの人格形成を徹底的にやる。誰よりも貪欲に学び、経営については必ず抜きに出る。2013年は更に飛躍の年とする。狭い領域にとらわれず、自分が希望する場所で希望する仕事をする。それができるような人材になる。金の為に自分の人生の時間を切り売りすることは絶対にしない。志のために生きる、もし道が分かれるようなら自分の意思で自分の行くべき道を決める。それにしても、この気分は、全くもって淘汰される生き物のそれだ。

2011/04/27

おもしろくもない世の中

世の中は公平で、エキサイティングで楽しいことが溢れていて、努力すれば報われて、などという思い込みを軸に、この世界を覗いてしまうと多分に失望する。そもそも、この世は、全く逆で決して面白くもなんともない。人間が作り上げたアーティフィシャルな社会は矛盾、でたらめ、そこに私利私欲が溢れかえっている。悪人を善人に仕立てる法律、善人を悪人に陥れるルールなんてものは即席で作り出せる。では、そんな世でどう生きてゆけば良いのかということだろう。軸を移せばよい。偏差値のような発想で、真ん中を世間一般、そこより上か下などという考え方は一切捨てる。軸は己の中に作るものだ。どう生き、どう死ぬか、それは自分が納得できればそれで万事良し。

2011/03/10

過去を生きる、今を生きる、未来を生きる

過去を生きる、今を生きる、未来を生きる。

生きるということは、とても厳しく辛いことだ。世の中は不平等で、矛盾だらけでできている。だから、そのことを前提にしていないと、何で生きるのはこんなに辛いのか。ということばかりに気がとられてしまい。足の踏み場を無くすことになる。所詮この世は、あらゆる人間の思惑が複雑に絡み合いながら、あっちこっち都合の良いようにくっつけたり、離したり、ルールを作ったり抜け道を作ったり、そんなものだから、辻褄があうわけもない。そこを堂々と認めて受け止めた方が余程楽だ。

デジタル機器の普及で、今や鮮やかな画像を記録として残すことができる。もちろん動画だって簡単そのもの。私達の記憶は、デジタル機器に勝るのか、劣るのか。あの時見た綺麗な夕日を私達は脳に記憶として刻むことができるが、10年経過して、その当時のことを思い出すときの記憶と、その時デジカメに記録した画像を比較した場合、果たしてどちらが鮮明なのか。きっと美しい画像と自分の記憶に差があるはずだ。人間が脳に刻む映像はあまりにも美しすぎて、色褪せることがないどころか、時間の経過とともに、より美しくなってしまう。これが私達を過去に閉じ込めてしまう甘い誘惑なのだ。過去に生きることは、恐ろしく甘い誘惑であり、一度踏み込んでしまうと抜け出すのが難しく、今流れている時間を放棄することになりかねない。歴史に学ぶことはあっても、歴史の中を生きてはいけない。

未来を生きることはできない。明日は誰のところにもそもそも存在していない。明日になればそれは今日になるからだ。そもそも二度と目を開けることもないかもしれない。だから恐れる心配もない。

では今を生きれば良いか。これが更に難解だ。今と呼ぶ、この瞬間が既に過去に流されてゆく。つまり変化とは必然で、常に今が存在できない。これが「無常」なのだろう。無常の中で、永遠の愛を誓うことは愚としか言いようがないが、本当に素晴らしいのは、この流れてゆく一瞬、一瞬を「一期一会」と捉えて生きること。毎日誰かの良いところを見つけては、毎日誰かの為に、何か自分にできることがないか、必死に積み重ねてゆくことが、人間が幸せでいられる秘訣なのではないだろうか。これを忘れるとき、何かが崩壊してゆく。

もしも私がお坊さんで、「無常」の中で目標設定するのはどうすればよいのだろう。
全く想像の域を超えたところで、お坊さんは、生きておられるのだろうと思った瞬間だった。

2011/02/23

今日の生き方

明日、人生が終わるとしたら、今日という日をどう生きるだろうか。
そう毎日目が覚めるとともに自分に問いかけて、1日をスタートしたら
どんな人生が送れるだろうか。自分がしていることは本当に正しいだろうか。
自分の内なる声に耳を傾け、自分で決断し、自分の道を歩いているだろうか。

答えがNoなら、本当にこのままで良いのだろうか。
毎日目が覚めるとともに、明日、人生が終わるとしたら、今日という日をどう生きるか。
毎日問い続ければ、必ずそれが現実になる日がやってくる。

これは人間に仕込まれたメカニズムだ。

未来永劫生き続けられるとしたらどうか。
不老不死の薬が手に入ったらどうなるだろうか。

人間は輝かないのではないだろうか。
人間が輝けるのは、その儚さをまとっているから成し得る業なのかもしれない。
ヒトの夢と書いて儚いと言う。人間は夢の中を生きているのだろう。
本当は人生の幕を降ろす時、本来の世界の戻ってゆく。

今日という日をどう生きるのか。
Noが続く日を歩いてはいけない。

2010/08/06

自己革新力

人は長年付き合ってきた自分という最大の難敵に太刀打ちできなくなると、それまで蓄積してきた引き出しに頼り切る毎日を送るようになる。真に飛躍的な成長を遂げようとするための秘訣は、昨日までの自分と決別することである。それはつまり自分を破壊するに等しい。人は自分にその勇気と力を行使できたとき、はじめて自己革新をすることができる。そこから見える風景は、今まで見えていたものとは全く別のものだ。

2010/05/05

祖母と両親

久々に祖母と再会。端午の節句ということで、うちの両親と一緒に祖母が遊びに来てくれた。言葉が随分話せるように回復していたことには驚いた。私の姿を見るなり、大丈夫というような視線と声をかけてくれた。隣を通るときにも肩にポンとたたいてくれて、記憶が徐々になくなっていく中で、当時と変わらない温かい愛情を感じた。一緒に食事をしながら、両親を見ていると、当時祖母が還暦のお祝いで、親戚一同が集まって、食事会を開いたときのことを思い出す。還暦といっても、当時の祖母は私から見たら、全然若々しいと感じていた。その年齢に両親は到達したわけで、20~30年という時間のズレが祖母と両親に存在しているが、こうやって世代がどんどん移り変わってゆくのを目の当たりにしていると、少し怖気づいてしまいそうになるが、そもそも人類は滅びへとむかっているわけで、それが天文学的な時間軸だからピンとはこないが、精一杯生きようとする、人生を全うする姿は、至極心を打つ。その姿に勇気付けられるわけだから、人間とは実に不思議な生き物だ。

2009/12/28

2010年成長戦略

2010年の年度方針は、「成長、成長、成長」に決めた。


また2020年までの成長戦略も再度修正をかけた、今度はここから具体的な内容にブレークダウンをして、あらゆる戦術を落とし込んで成果に結び付けたいと思っている。この1年、そしてここからの10年を無駄にせず充実させてゆこうと思う。いよいよ2009年も幕を閉じ、新しい年がはじまります。皆様来年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。皆様のご多幸、心よりお祈り申し上げます。


Masaki Goto 2009.12.31

2009/12/19

本当の人生とは

本当の人生とは、誰かの思惑の中に生きることではない。ところがほとんどのひとは誰かの思惑の中に生きている。そしてそれに気付いていない。誰かに言われて自分の目標を立てたり、誰かに合わせて自分の目標を書き換えたり。そんな生き方でいいのか、毎日なんとなく時間が過ぎてゆくのを傍観していていいのか。本当の人生を歩みたければ、自分で決断して、自分で責任を取って何でもやることだ。我を忘れて没頭することだ。夢中になることだ。こだわることだ。こういうのはユトリ教育が云々とか、モラルハザードということではなく、SF映画マトリックスの世界と同じで、脳天にジャックを突き立てられて現実の世界と仮想の世界の境界線が見えなくなっていることと変わりはしない。(正しくは首の後ろ)本当の人生を歩いている奴っていうのは、目の色が違う、真剣勝負をしているからだ。そして情熱は其処からやってくる。

2009/06/15

リタイヤ後の人生

リタイヤ後の人生なんて、考えるのは早いけれど、愛するひととSpainやEgyptなどを一緒に旅行しながら、時にはのんびり公園のベンチで世間話、食事の支度をしたり、孫と遊んだり、ぼんやりながら、こうありたいという目標設定をしてみた。定年の60歳当りで退職したとしても平均寿命から行くと20年程度は、仕事がない生活が続くわけだから、ちゃんと目標がある方が人生最後の最後まで、楽しめるのではなかろうか。昨年リタイヤした叔父は年間40万円で郊外に畑とログハウスの契約をして、家庭菜園を楽しんでいる。宿泊もできるので、泊りがけで遊びにいったりもしているようだ。また庭にある釜を使って陶芸をやったりと、土いじりが趣味らしく、積極的に余生をEnjoyしている。叔母はScotish danceをやっている。定年後も輝いている2人を見ていると、いいお手本だとつくづく思う。うちの両親は何をやるのだろうか…ちょっと不安。

2009/03/03

2009年3月3日

数字が揃っていると不思議と反応してしまう。日本ではひな祭りだが、香港ではそんな風習はない、香港で生活していると日本の風習など全く気にすることもなく時間が過ぎ去ってしまうが、数字が並んでいると何か特別な気がして自然に注意を払ってしまうのは私だけだろうか。今日と言う日は、人生にとって大きな決断をする日となった。新しい期を迎えた香港事業部のキックオフMTも行なわれ、心機一転、新体制でのスタートそして夜は、皆でささやかながら決起会をした。よい仲間に恵まれたと思う。数年後に日本人駐在員は、この国から姿を消す。消すことができなければ私達日本人駐在員は成果を上げていないことになる。成果をあげれば、このメンバーとも仕事をすることがなくなると考えると少し寂しい気がした。そんな夜だった。

2009/01/16

悲しみの中の力強さ

人間は例外なく、この世に生を受けて、そしてこの世を去ってゆく、人間とはとても弱い生き物で、ひとりでは生きてゆくことはとても困難で、みな寄り添って生きている。まるで幾重にも絡み合った糸のように、様々な形で寄り添いあって生きている。その中の一本の糸が消えてなくなるときの悲しみは計り知れないものだが、悲しみの中にふとした瞬間、力強さが垣間見れる。普段はあまり感じることができない人間の本来有している力強さなのかもしれない。うっとりするような美しさがほんの一瞬垣間見れる。こうやって人間は厳しい現実の中で希望を持ち、未来を見据えようと空を見上げるのかもしれない。

心からご冥福をお祈りいたします。

2009/01/13

challenge or not ?

挑戦という言葉は、人間の生きる意味の根源である。人類がこの世に誕生してから現在に至るまで、人類は挑戦するために存続してきたようなものである。陸から海へ、空へ宇宙へ、人間は不可能と思われる領域を次々と制覇し続けてきた。それもたった一握りの人間の挑戦というわけでなく、連綿と志をつなげて、今の我々が存在している。そして今も人間はあらゆることに挑戦している。挑戦しない人生など、死んだも同然。答えはYes以外にないのではないか。情熱を傾けられるものが貴方にはありますか。

2008/12/29

運命

私は余生の大半を異国の地で費やすことになると、10年前に感じていた。もしかしたら、これは私が引き寄せた運命なのかもしれない。香港での任期1年が間もなく終わろうとしている。既に丁度9ヶ月の時間が経過した。そして今、決断を迫られている。この決断によって私の人生は大きく変化することになる。異国の地で戦い続けるのか、帰国して日本に経験したことをフィードバックし、そこから再度外へ出てゆくのか。不思議なもので、どうなるのか想像がつかない領域に足を踏み入れている。本当に私は、守るべき人々を守り抜くことができるのだろうか。自問自答の毎日だ。

2008/12/19

滅びる民族

私達の行方は、非常にシンプルで、いずれ地球上から姿を消す運命にある。
そして、この地球自体もいずれは、この宇宙から姿を消す運命にある。

なぜ滅びる運命を背負っているのに、人々はこんなに一生懸命生きるのか。
なぜ些細なことに悩むのか、なぜ法を守り、健やかに生きようとするのか。

生と死の鮮やかなコントラストほど単純には、ぼくらは、それを理解していない気がする。

もっと素直に生きてみてもいいのかもしれない。

2008/12/09

空白

空白は雄弁に何かを物語る。

空白は時として雄弁に何かを物語る。

それは、何事もなかったかのような空白に見えるが

それは、ぎっしりと色々なものが詰まった空白なのかもしれない。

それは、空白を創り出したひとしか知ることができない軌跡。

2008/11/13

秋空

秋の空のように清々しい気持ちで迎えた朝、この数ヶ月物思いにふけっていた苦しい状況から抜け出すことができた。香港の気温も随分と低くなり、20度そこそこで、ようやく秋らしさ、冬の匂いすら漂うようになってきた。今朝の青空は、本当に気持ちが良かった。昨晩は仕事が終わって3時ぐらいから、店舗の代行者とBARに行き、全てを忘れてしまいたいというぐらい、お酒を飲み、思いをめぐらし、自分なりに、けじめをつけることができた。人生の1つの場面が幕を下ろしたのを感じることができた。BARのお店の人のはからいで、10年ぶりにBARカウンターに入れてもらい、シェーカーやお酒を自由に使わせてもらった。私の大好きなSide carを作ってみたが、久しぶりにカクテルを作ることもでき、思い出に残る夜だった。私の人生でシェーカーは度々登場し、そして人生の一場面を印象付ける役割を果たしてくれている。Irelandに滞在していたときのクリスマスパーティーでミニBARをやったときも、多くの友人を持つことができたし、コミュニティの輪に入り、顔や名前を覚えてもらうことができたり、ホストファミリーへささやかな料理とお酒をふるまうことができたり、今夜もピカピカに輝く銀色のシェーカーが、私の記憶を刻んでくれた。悲しみや苦しみがはじけて消えた。私は私の人生の節目を肌で感じることがある。第2の人生はIrelandに渡ったときからはじまり、昨日で終わりを告げた。今日から第3の人生が始まった気がする。私の全ては、私を必要としてくれるひとのもとへ戻っていった。

2008/11/05

甘い人生


この2週間は家族が香港に滞在していた。仕事も忙しく、現実的な問題を多々突きつけられた日々だった。私は、人生に迷っている。人は人生のうちで何度も、岐路に立たされる。イビョンホン主演の映画、「甘い人生」といっても、Bitter Sweet Lifeだから、甘いだけではない。どちらかといえば人生は苦味の方が際立つ、苦味が強ければ強いほど、甘みを一層引き立てるのではないか。ビターの象徴、濃いエスプレッソに砂糖をドット入れ飲み干すと、ほろ苦さと濃厚な甘みが鼻をつきぬける。それはまるで人生のようだ。私は人生に迷っている。自分はどうすべきなのか、ふと頭に浮かんだ映画だった。悲しみや苦悩と一瞬の華やかさ、未来への不確かな希望とが入り混じって、ひどく気持ちが揺れる。

2008/09/16

激流に身を浸すこと

店長コンベンション2日目は、2020年の未来について、自分はどうなりたいのか、会社をどうしたいのか、会社を通して何を成しえたいのか。という切り口での議論をグループで行いました。私のチームはフランスと香港の海外事業のグループでした。フランスの取締役の方が議論の取りまとめ役だったのですが、私が以前、本部のインターンに居た時に部屋の中で、PCを打つのをずっと見ていたことがあり、とても姿勢が良くてキリッとしている方だなと思っていた方でした。早朝仕事前に水泳をしてくるそうで、自分に対してストイックそうな方だと想像していましたが、今回のディスカッションの前の自己紹介で、非常に心を打たれる話を聞くことができました。役員まで上り詰めて人生順風満帆のように見える私ですが、という語りだしから、幼少の頃からご両親の海外転勤で世界各地を転々とし、全く知らない言語の環境の中へ放り込まれる。毎朝精神的なプレッシャーから鼻血が出る。帰宅すれば壁を家族と見立てて話しかけるような厳しい日々が続いた。それでもなんとかハードシップを乗り越え、弁護士資格を取り、世界でも名高いGEやモルガンでも活躍されていた。そして自社の社長に出会い、一緒に経営をしてみたいということで自社へ。このような方が認める自社の社長は、心底凄いのだと思うが、この方の、この一言が私のこれからの10年を塗り替えたと思う。「激流に身を浸すことでしか飛躍的な成長は遂げられない」どんなに成功したと周囲から見られる人でも、歩んできた道のりは決して平坦ではなく、辛く厳しい毎日の中で鍛えられ、ある種の使命感を携え、志を持って、葛藤しながら現在に至っている。飛躍的成長のためには、激流に身を浸す勇気と強靭さ、主体者となれる使命感が絶対条件のように感じる。そしてまた「何かを決めること、すなわち人の行動を変えることほど難しいことはない」これは学習志向ではなく行動志向、実践志向がゆえの、本質を突いた言葉だと思う。12年後、私はどうありたいのか、私に何が欠落しているのかがシンプルになった瞬間であった。



そしてたまたま、自分の未来を2000人の前でプレゼンするという機会に恵まれたのも、脳に強く印象付ける最高のチャンスとなった。2000人にコミットメントしたからには絶対に成し遂げたい。こんな偶然に感謝したい。



※右上のキャリアデザインを更新しました。

2008/08/02

キャリアパスの描き方

図解で物事を掘り下げて把握する思考法でお馴染みの、久恒啓一さんがキャリアパスの描き方を語っておられる映像です。自らのキャリアパスを描くときの参考になるものです。冒険と探検の違いは知りませんでした、というより意識したことがなかったので、私の場合は冒険と思っていたものが、実は探検だったことがわかって少し見え方が変化した次第です。


http://www.hisatune.net/html/etc/aisatu_v.htm

2008/07/24

横浜アンパンマンこどもミュージアム


駅から徒歩だと意外に遠いです。

カキ氷とアイスクリームが大好きなので凝視してます。
電車も大好き、寿司(納豆巻き)も大好き。
「探検隊」と言いながら冒険するのが大好き。
本当は横浜ビブレに入っているロフトスキーが目当てでしたが、たまたま近くにアンパンマン子供ミュージアムがあったので、昨日の江ノ島に引き続き、子供のためにアンパンマンに会いに行こうとゆうことになりました。渋滞を避ける為、あえて電車を選んだのですが日差しが強く、駅からの距離も結構あったので、子供にはちょっと大変でした。というか抱っこをしている私の腕が日に日に逞しくなってゆきます。アンパンマンの世界に入り込んだ子供の反応を見るのは面白いですね。あまりに全てがアンパンマンなので固まっていました。家族揃って、このような場所に来ると、やっぱりパパなんだなという気持ちもジワジワ湧いてきます。子供の笑っている姿を見ると、子供にとっての幸せは、家族で過ごす時間なのだと父親は父性、母親は母性、人によって様々な環境で育つ現代社会は、何事もなく平凡で平和な家庭のような典型的な生い立ちが当たり前の社会ではありませんが、自然の摂理から考えると、やはり家族という構成単位は重要な意味を持っており、父親不在という状況を子供に強いている私はやはり身勝手なのかもしれないと帰国してから共に過ごした短時間でも痛烈に感じるところです。私は、子供の中の人生の一人として、妻の中の人生の一人として、そして自分の人生の主役として、いくつもの役をバランスを取りながら悔いを残さないように演じてゆかなくてはなりません。今日は楽しかった?おにぎり美味しかったね。