2007/11/29

どこへ行っても同じ内装のお店

全国展開するチェーンなら尚更のことですが、先程読んだ記事で同感というもの。
どこへ行っても同じ内装、同じ品揃えということに消費者は飽き飽きしているのではないか。その通りだと思います。最近のSC乱出店、とにかくデカく、とにかく広く、しかしどこへ行っても同じテナントばかりが出店していて近状のSCへ行っているのと同じなので面白くもなく、買い物がマンネリ化しているというのは私自身も感じるところです。しかし認知度アップやコスト軽減、標準化という観点からすれば、チェーンストアのメリットの1つでもある、この何処へ行っても同じという強みが、時として弱みになる現状を物語っていると思います。これを打破するには、発想としてはレゴなんかいいのではないでしょうか。今日は公休日で子供と子供広場で遊んでいましたが、カラフルなブロックがたくさんあって真剣になってピラミッドを作っていましたが、ことごとく息子に破壊され、延々と作っては壊されを繰り返しておりました。アイツは壊すとケタケタと笑うんです。
話はそれましたが、なぜレゴかというとパーツは均一、要するに組み合わせだということですね。発想は自由です。そんな店舗内装を実現してみてはどうでしょうか。そんなレゴはインターネット上に世界の人々が自由にデザインできるレゴというWEB2.0の強みを利用した経営戦略を取っておりますが、いいアイデアのものは実際に商品化されるし、自分でオーダーできるようです。童心にかえって店舗内装をレゴで作ってみるのも面白いと思います。

http://dwks.cocolog-nifty.com/fashion_column/2007/11/post_0978.html

2007/11/28

インターネット・ガバナンスについて

今朝面白い記事があったので自分の考えをまとめておこうと思う。去る11月12日リオデジャネイロにおいて、国際会議「インターネット・ガバナンス・フォーラムIGF」が開催された。当初議題の中心はインターネット接続の有無が格差を生んでいる問題、つまりデジタルデバイドや深刻化するネット犯罪になるはずだったが、インターネットの住所を割り当てる仕組み、ドメイン名システムの運用権限が米国非営利団体「インターネット名称番号割当協会ICANN」が一手に握る、つまりは米国の一元管理体制についての是非についてに議論は集中した。米国による支配が正しいというわけではないが、ネットを検閲し利用者を投獄するような国に権限を渡すのは最悪であると言ったのはパリの言論の自由擁護団体「国境なき記者団」である。この問題は非常に難しいと思うが、国際政治の覇権争いが今やインターネットの世界までリアル世界同様に顕著化している。
インターネットは誰のものでもない。ただ米国が陽気でオープンマインドという点では、今のところ彼らにとってかわって管理することは難しいと思う。それに一番インターネットの世界を熟知しているのも充実させているのも実際は、米国によるところが大きいと感じている。将来どうなるかはわからないが、国を挙げて教育を進め、インターネットに対する教養を身につけた国同士でしっかりと秩序を築くべきではないか。
これを書いていてふと思ったのだがアインシュタインの4次元空間という発想、0次元は点、1次元は線、2次元は平面か球面、3次元はXYZの3軸、4次元は時間という概念、そして今宇宙誕生の謎が5次元という世界によって、また一つ解明されようとしている。このような宇宙構造、もしやインターネットという一種のパラレルワールドの誕生は必然であったのかもしれない。リアル世界とインターネット世界を同一化するということは「父親殺しのパラドックス」のような大きな矛盾が我々の思考を支配し世界を混乱に陥れるのかもしれない。リアル世界とインターネットの世界は、あるところで一線を引くべきなのである。インターネットは誰のものでもない、この世界が持つパワーや魅力を権力によって陳腐化させてはならないと考える。インターネットの世界から引き出せる無限の可能性は梅田望夫さんがおっしゃるように「群集の叡智」のようなもの、リアル世界で大いに活用すべきだが、リアル世界がインターネットの世界に覇権争いのような逆流による介入を絶対に避けるべきだと考える。

メロディーロード♪

メロディーロード♪に興味深々。
道路に溝があって、法定速度でその場所を車で走行すると音楽が聞き取れるというもの。しかもその場所は速度超過などで事故が多発する場所、苦肉の策と言えるがアイデアが素晴らしいと思う。日本中の道路が、高速道路がメロディーロード♪になったら、それはそれは愉快?というか騒がしくて仕方がなくなるのか。反対車線の車とハモる道路も是非作って頂きたい。2車線道路なら輪唱とか、どんどん主旨がズレることになるが、事故がなくなるのであれば最高である。あとは渋滞のときのストレスフルな時間を快適に過ごせるアイデアなんかも素敵。道路の防音壁に池のような受け皿を作って硬貨を投げ込んで見事に入ると音楽が流れるとか。集まったお金はユニセフへ、子供受けはいいと思う。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%AD%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89


(メロディーロード詳細)

ザ・マスター・キー 第6週目




■ザ・マスター・キー 第6週目 注意力を養う
07/11/26週
この章では、最初に核心が出てきている。
引き寄せの法則、つまりメカニズム、このメカニズムについて説明がなされているが、大切なのは要求すること、要求は行動を生み、行動は結果を生み出す。この一文に全て集約されている気がする。いい例えがある、電気の働きは運動の一形態であり、その効果は取り付けられるメカニズムによって異なる。このメカニズムは熱する、光を灯す、物を動かす、音楽をかける。どんな活用をするかによって効果が変わってくるということ。思考も同様であり、思考は心の運動であるということ。うまく思考を活用すれば素晴らしい効果を得ることができるのである。そして心を鍛えるために集中力や注意力は必需品であると締めくくる流れである。途中、脳の機能や宇宙精神?など私にとってのノイズが入るため、理解に苦しむところもありますが、思考という点では凄く納得感のある内容だと思います。ここで宇宙精神という抽象的な表現、宗教くさいなとずっと思っておりましたが、確かに不思議といえば不思議ですよね宇宙の生い立ちと我々人類の誕生。私は科学が好きなので、ちょっと脱線して宇宙精神について思いをはせてみましたが、1つ面白い概念があります。それは私達のこの世界が四次元であるということ。点は0次元、一直線は1次元、縦軸と横軸があって2次元(平面、球面)そしてXYZ軸の三次元、もう1つをご存知でしょうか。アインシュタインが考えた「時間」を加えると四次元となります。この時間の概念が面白い。時間は物が動いていることを立証するために必要なモノサシという考え方と、一方的に流れていっているというイメージの2つある。これを考えると頭から煙が出るので深堀は避けようと思いますが、老後にでも取っておいて(笑)現代物理学では、ここに5次元という新たな軸が加わりつつあります。ここまで来ると「はてな」満載。実際どうなっているのかはわかりませんが、このマスターキーを書いた人は宇宙の起源なんかをよく勉強しており、グローバル視点を通り越してユニバース視点、バードビューではなくガッズビューなのかもしれませんね。


2007/11/26

意思決定のスピードとは

店長業が多忙だったため、しばらくネットを遮断してリアル世界にどっぷりつかっていましたが、再度あちら側の世界と両軸で自己啓発再開します。最近よく考えていたのは意思決定の速度について、極論すれば、200時間考えた挙句の結論と2秒で考えた結論の重さや賢明さは同等である。そう深く考えることとは時間と比例しているとは限らないことに改めて気がついた。ありとあらゆる情報を駆使して頭をひっくり返したりねじったりしても出した答えは1つ。仕事とは、つまり何かを選択し実行せねばならない両方の選択肢を選ぶ、複数の選択肢を選ぶことはない。だからあれこれ考えて結論を出すのである。ならばなぜ長時間かけて必死に結論を導くようなことが起こり、それをしないといけないのか、意思決定を秒レベルで出せるならそれに越したことはない。というか最高だな、と考えた。
その結果1つの仮説が立てられた。それは、問題や課題、脅威が差し迫ってアクションを起こさないといけない状況になって情報を集めて検証し、1つの結論を導き意思決定をしている限り逃れることができない。間違いなくシンキングタイムになる。それはまるでスーパーコンピューターがプロ棋士を相手に全手を検索すうようなものである。どうすれば良いか。トラップを張り巡らす。まるでくもの巣のようにトラップを張り巡らせておくのである。といっても蜘蛛の糸を出せるわけはないから、思考のトラップを仕掛けておく必要がある。思考のトラップとは何か、それはありとあらゆることを想定して常日頃から考え抜き、自分なりの仮説をいくつも準備していく、未来を読み解いておくことにつきる。そこへまんまと課題や問題が引っかかるのである。それについてはもう十分に考え抜いた思考トラップが仕掛けてあるので、問題に直面した瞬間に意思決定となる。秒だ。
意思決定の速度を最大化するには思考トラップを仕掛けておくことにつきる。
まるでロダンのように毎日考えることが大切である。無駄に考えることは意味がない。起こりえることや起こりえないがリスクをはらんでいるものに集中して思考力を投下することが秘訣かもしれない。

と思った。

2007/11/22

なんとなく生きることの簡単さ

最近、自分が自分に課した挑戦の重みがズッシリと肩に乗っかっていて、厳しい状況。それはそれでやることが大量にあって充実していていいのだが、昔を振り返ると凄く楽な生き方をしていたと思う。好きなときに好きなことだけして自分が思うままに生きることのお気楽さ。確かに自由と引き換えに自己責任があるなんて表現はするが、肝心の自己責任はもっと時間が経過した未来にやってくるもので、翌日に貴方は自由にしてましたね、そのツケを今、清算してくださいなんて両手を差し出されるわけでもなけらば、振込みを強制されるわけでもない。まるで真綿で首を絞められるかのごとく、静かに自分の人生に忍び寄ってくるのだと思う。今思うと当時していた努力は今の比ではないな、むしろよくあれで自己満足していたと呆れるぐらい。どちらがいいかは自分で決めればいいが、眠ければ好きなだけ寝ていればいいというのが習慣化すると意識面も負け癖がつくので果敢に挑む勝ちに行く癖をつけたほうが賢明だと思います。朝、自分より3時間ぐらい遅く出勤してくる他のテナントの社員やスタッフが寝ぼけ面、死人みたいな顔で、視線も合わせず、挨拶1つできない現実を見ていると、こうはなりたくないなと思う。凛としていたいものだ。あれはゾンビの群れにしか見えない。

ミシュラン 星の審判


最近何かと話題になっているミシュランの星の数ですが、日本に星の大盤振る舞い?など賛否両論、そんなニュースを読んで疑問がたくさん浮かんでくる。なぜ星が増えたのか?なぜロンドンより日本か?そもそも信憑性はあるのだろうか?などなど、真実は自らの舌で確かめてみれば良いという結論ですが、いくつか考察した内容をちょっと書き出しておこうと思う。ロンドンというか英国圏は星が少なくても不自然ではないと感じている。パスタは煮すぎてグズグズだし、芋とグレービーソース程度で、特に家庭料理で旨いと感じるものが少ない、食に対するレベルが違うと感じる。日本などは家庭でもアルディエンテなんて常識ではないか。今後の日本はどうかはわからないが、団塊世代ジュニアぐらいまでは、食卓も分厚い中流に支えられていると思う。家庭料理のレベルもそこそこ。また外食でも比較的敷居が高いレストランでも年に数回は利用する人間も多いように思う、こうした背景から日本の食文化の水準が押し上げられていて然るべきだと私は考えている。また統計から言っても、ロンドン740万人、NY800万人、パリ200万人、東京850万人と膝元人口も一番多く、首都圏の過密から言えばおそらく世界で一番、パリなど郊外は田舎で他に思いつく都市といえばリオンやニースぐらい。料理人や経営者からすればパリで商売するのが筋。ロンドンもひとたび郊外へ出れば同じような状況。NYはどうか、アメリカ国土は広い、つまり選択肢が増えるため東京のように極端に集中することはない、日本は大阪や名古屋、博多など大きな都市が存在するが、実際は東京を中心として関東圏、東京にアクセスが容易な首都圏に人口は密集している。数から言えば圧倒的なのだ。そしてミシュランの調査対象となったレストランも実は、圧倒的に東京が多く一説に16万件、NYの2万3千、パリの2万と比較しても歴然な数字である。850万の胃袋に向けて商売をしようと一級のレストランと料理人が集結する東京で、爆発的にレベルの高いお店が出店、そこに舌の肥えた顧客が日々足を運び、人気のないレストランは退場する競争原理に拍車がかかった結果だと思える。つまり星は大盤振る舞いされたのではなく、当たり前の結果。もしくは黒い影が暗躍しているのかもしれない。私はここ数日のニュースを見てミシュランの調査員になってみたいと思った。食は大切な文化である。
昨晩はすきやき、それぞれがマイ肉を持っていて自分のペースで戦略を練りながら配分をして食べる。肉は妥協するな。家族で鍋を囲んで召し上がれること自体が貴重な時間、家族の団欒である。このような食を楽しむこと。毎日のことだけに育んでゆきたいと思う。ちなみに今夜は私が作るパスタの日である。今宵は何にしようか。やたらエンゲル係数の高い我が家、それが誇りです。
食育という名の下に暴飲暴食をしているという噂もありますが。
(この記事が一番面白いし参考になる)

2007/11/19

知ってますか?UNIQLO GRID

私はこのようなユニークなもの大好きです。
10分ぐらい遊びましたが、かなりコントロールが上手になりました。
自由自在です(笑)

http://www.uniqlo.com/grid/
(ユニクログリッド)

http://mag.executive.itmedia.co.jp/executive/articles/0711/16/news120.html
(関連記事)

マーケティングのお勉強


現在マーケティングの勉強をしておりますが、こいつがなかなか手堅い内容で、いつものように1日2日程度で読了といかず、色々調べながら読み進めているため、やたらと時間がかかります。勉強の成果は後日アウトプットするとして、マーケティングというキーワードから関連する面白そうな本がたくさんあります。特に今注目しているのは心理学と経済学を混ぜたようなもの。私が考えるに、マーケティングとは、顧客の生態観察と欲求のポイントを探るようなもので経済のメカニズムに消費は組み込まれていて、人間行動学が影響を与えていて、これに人口統計とか様々な要素の集合体だと思っています。これからもっと深く勉強していくので、考えはどんどん変化し、これが終わったらコトラーなど、この道では知らない人はいないという王道も全て吸収しようと思っています。来年の春には少しはパワーアップするのではないでしょうか。
(コトラー)

ザ・マスター・キー 第5週目


■ザ・マスター・キー 第5週目 心の家の作り方
07/11/19週
最近本屋を眺めていると、この本に似たようなものが随分と増えて一種の「引き寄せの法則」コーナーができていた。今ちょっぴり話題になっているようである引き寄せの法則シリーズ。
さて早いもので5週目に突入、24週で完結するので、まだまだ先の話ですが、この週で響いたのは、誰でも自分の家を建てるときは、念入りに計画を立てるでしょう。なのに人は自分の心の家を建てるときは、どうしてここまで軽率なのか。心の家を綺麗に保てばいかようにも変化させることができる。荒れ果てさせてはいけない。伝えたいことはわかるが、全体通じてスピリチュアルな要素が多く抽象的な表現が多いので理解に苦しむ内容でした。24週ありますが、この先一体どうなるのか。

2007/11/18

オーロラ博士

前回は、オスロまでの話であったと思います。冬期の北欧はユースホステルが閉鎖されているため、一部の割高なホテルしかないので滞在する方は十分注意が必要ですという教訓。そこから毎晩のように夜行を駆使した泊まらない旅を繰り返した中で、面白い方と出会った。「オーロラ」というとアラスカのイメージが強いが実はスカンジナビア半島をどんどん北上すると、そこでもオーロラを見ることができるそうだ。そして列車で出会った老人は、このオーロラ観測を仕事にしている方で、その晩は短い時間であったが色々な話が聴けた。オーロラの観測所へ遊びにおいでと博士からお誘い頂いたが、いかんせん遥か北で南下しないと生死に関わるので後戻りできないなと後ろ髪ひかれながら、旅を進めました。その晩、窓から見える雪原が今でも脳裏にやきついています。オーロラ博士、いつか参りますよ。この後スウェーデンからデンマークへ南下することで初めて宿で寝泊りすることができた。今の社会ではネットカフェ難民から路上生活者へと転落する若者が話題になっていますが、暖かい寝床、雨風をしのげる屋根、食事、衣料など当たり前のものが揃っていて私達は満足に考えたり、志を持ったりできるものなんです。だから簡単に路上生活者にやる気がないとか、堕落している人間だとか言うことはできないと思います。真冬に野宿した経験のある方がどれだけいるでしょうか。現実、路上生活という環境は、人間の希望や志を根こそぎ奪ってしまう、そのような背景もよく考える必要があると思います。デンマークに入る列車の中でITの若者、おばあちゃん、おっかさんと向かい合いの席だったのですが、腹ペコだった私におばあちゃんが差し出してくれたリンゴや飲み物と、暖かい言葉は忘れられないな「遠い異国の地で私の孫が同じように苦しんでいたら、誰かに助けてもらいたい。だから私は貴方を助けてあげたいと思うんですよ。」なんて素晴らしい言葉でしょうか。今でもお年寄りを見ると何か自分にできることはないかと思うのは、その時示して頂いた生き方が強烈に心と体に染み込んでいるんだと思います。そしていつもその時のことを思い出します。

2007/11/17

素晴らしい人生を送る為に

素晴らしい人生を送るためのロジック。

前の車が駐車券をうまく入れることができなくて、随分時間が経過した。
後ろにいた車の運転手は早く駐車場から出て自宅へ帰りたいと思っている。
後ろの車の運転手は、イライラがつのり、クラクションを鳴らす。
窓を開けて罵声をあびせる。
こんなことシュチエーションは違えど多くある場面だと思います。

このことについて、よくよく考える機会が今日ありました。
そこで出た答え。

待っている車の運転手の目的は何か。
「自宅へ早く帰りたい」

取れる行動は何か。
A罵声を浴びせる
B手伝ってあげる

つまり早く帰るという目的を果たすにはBが最適なのは一目瞭然なのだ。
でも人間はAを簡単に選択しやすい。
これはこのような場面以外、全てにいえるのではないか。

人は自分が何かを遂行しようとするとき、妨害されることをひどく嫌うのは当然である。
またそこにストレスを感じるのも極自然なことである。

だから我々は、何かイライラを感じたときは、必ず目的は何なのかを冷静に考えて
最適な答えを選ばなければならない。
ここを誤ると人生が色あせる。

もし常にBを選べたらきっと素敵な人生である。
今日はAを選んだ心貧しい方を見かけたので可哀相だと感じてしまった。
きっといつもイライラしていつも文句を垂れ流して生き続けているだろう。
不憫に思う。

注意しなけらばならないのは、これはビジネスでも同じということ。
オバサマ勉強になりました。

貴方の人生は誰のものですか?

「貴方の人生は誰のものですか?」という問いに、ほとんどの人は「私のもの」とか「自分のもの」という回答をするだろう。そこでもう1つの問いかけは「では本当に貴方の人生は貴方のものと言える状況になっていますか?」である。かのジャックウェルチは「Control your destiny or someone else will.」とおっしゃっている。つまり貴方が貴方の人生をコントロールしなければ、誰かが貴方の人生をコントロールしますよという恐ろしくも考え深い言葉である。なるほどと感じるかもしれませんが、実際、貴方自身のことを考えてみることをお勧めします。貴方の上司は貴方をいつも助けてくれますよね。貴方に取ってとても大切な人物でしょう。貴方は上司の指示をせっせとこなし毎日充実した日々を送っているかもしれません。貴方が窮地に追い詰められたとき、貴方が大きな壁にぶち当たったとき必ず手を差し伸べてくれる。上司は貴方にとって人生の師である。果たしてこれが貴方の幸せかどうか一考すべきではないか。貴方は必要以上に甘えてはいないか。判断を全て上司に委ねていないか。会社は自分に何かをしてくれると思っていないか。上司は何でも教えてくれると思っていないか。いつも目標を明示してくれて一緒にいると、どこまででも成長できると思っていないか。つまりこれが私が言いたい「貴方の人生は既に誰かのコントロール下に置かれている」ということである。本当に自分が自分で自分の人生をコントロールする、自分の人生が自分のものだと言い切れるためには、積極的に果敢に困難な問題や目標に自ら手をあげてチャレンジしていかなくてはいけない。頼れる上司は時として意識とは別の世界で貴方の人生を支配するのである。飛躍的成長はつまるところ自らの血の滲むような努力からしかうまれてこないのである。

2007/11/15

ムンクの叫び


ご存知「ムンクの叫び」


ヴィーゲラン公園

再び、わたしの旅の備忘録。

1998年ヨーロッパ一周の旅のスタートは第2の故郷「アイルランド」からであった。そこから南下してウォーターフォードなどを回った後、ダブリンからスコットランドのエジンバラへ(ここの話はまたいつか)そこから南下してニューキャッスルという町にあるノースシールズという港から国際船に乗り込んで、ノルウェーを目指した。ちなみに船に弱い私は終始、船酔い気味。ラウンジでバーボンをあおって酔っ払っていると脳みそを錯覚させてなんとか乗り切りました。この船で知り合ったアメリカ人のマイケルとスウェーデンの青年(彼も船酔い)と意気投合しラウンジでお互いの国のことを話したりしていました。夜は狭い4人1室の部屋で船の底から聞こえる海の音を聞きながら映画「タイタニック」のことを考えながら眠りにつきました。真冬だったので沈没したら間違いなくこの映画と同じで凍え死ぬなぁなんて思っていた記憶があります。ノルウェーのベルゲンに深夜到着した船から下りるとそこは厳しい寒さ、オレンジ色のライトが港を照らしていました。予約など入れていない私は早速宿を探そうとしましたが、迂闊にも冬の北欧はユースホステルという旅行者向けの安宿は閉鎖されており、これまたこの寒さのなかで、途方に暮れるはめとなりました。そこに船で道中を共にしたマイケルが声を掛けてくれたのです。そして地元のお友達が知り合いのところに電話をかけてくれました。予約で一杯だったのですが、ちゃんと1室確保してもらい無事にその夜を過ごすことができました。マイケルありがとう。衝撃だったのは朝目覚めると真っ暗。天気が悪いのかな?と思い外を見てみると暗い星空、変だと思い時計をみても10時ぐらいだったと思う。少しずつではあるが夜が明け始めていた。日照時間が冬は短いのだ。逆に夏は日照時間が長い。白夜というのを昔何かで読んだことがあったので、こういうところなのだと肌で感じることができた。この日は直ぐに準備を整え外出、オスロへ向かう電車や宿を電話で確認したが、案の定、宿はなく仕方ないので夜行列車でつなぐ作戦に切り替えた。方針が決まれば後は、この町、この国のことを知ろうと思い、ひたすら歩き続けた。人もあまりいない山道をテクテク登り続けて山頂へあがったら遠くにフィヨルドが見える。ブーツの底にはシャリシャリと霜が降りた土。ここで倒れても誰も見つけてくれなそうだなと思いながら写真を1枚撮った。やがて2時には太陽は傾き、寒さも厳しくなってきた。印象的だったのは公園で座っていたらベンチの片隅から飛び出してきた野良ねこが鳩をしとめて食べていたこと。この環境で生きることがやっとなんだとつくづく感じました。とにかく寒かったな。深夜になって夜行列車に乗り込んだ私だが、寝台と呼べるような設備ではなく、棺桶の幅の板の上にただ横になる程度というような状態で、真夜中に寒さで何度も起きて流れる景色を見つめていました。明日はどうなるのだろうか。

早朝列車はオスロに到着。

案の定、宿はないので今日も割り切って列車を手配(笑)正確には高級ホテルはあるのだが、料金が半端ではないので泊まれないということも原因ではあった。真っ先に足を運んだのは121体の人間が重なり合って作られた塔である。この作者は、この作品について何もコメントしていないがゆえに受け手の我々がいくらでも好きなように解釈できる。この国の気候のせいなのか、生きることへの執着心を感じずにはいられなかった。この旅では重かったのだが、折りたたみ自転車を持参していたので、通常の旅人よりははるかにフットワークが軽く、どこでもすいすい行ってしまえたところがベストプラクティスだと思います(最後はスイスの友人にプレゼントしてきました)そして「ムンクの叫び」があるムンク美術館へ足を運びました。ムンクの作品は若き頃の作品は非常に物をリアルに書く人なんだと「ムンクの叫び」からは想像しなかった作品に驚きました。それがなぜそうなったのかは彼の生い立ちが物語っていました。そして「ムンクの叫び」を見つめながら思ったことは、この国の人々は生に対する執着心、生きることが当たり前の私達ですが、生きることで精一杯の人たちが感じる心を映し出した色づかいなのだと私なりに解釈しました。これは私がここ数日体験したことからも痛烈に感じたこととリンクするからかもしれませんが。

そして日没。
私の旅は続くのでした。

google gears 便利便利

今朝の記事から、ネットはオンラインしていないと利用できない「常識」を覆してくれる。
つまりオフライン時でもキャッシュを使ってネットを利用できるようにするというもの。
地下鉄などのアクセスができない状況下でもなんのその、確かに便利だなと感じた。

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20071101/286134/?ST=system

どんどん便利になると人間それに慣れてしまい、果てしなく欲望は増幅されてゆきます。
なんでもネットまでのアクセスは1分以上時間を要するとイライラして「遅い」と感じてしまう人々が増えたそうです。昔は1ページ開くのにかなり時間を要したのですが人間って怖いものです。そんな「待てない日本人」が増加しているようで、理解しがたい言動や困惑することも多くなっております。

2007/11/14

天候に弱いビジネスモデル

ユニクロに関する記事で業績不振についてのコメントの解説が出ていた。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20071112/140395/?P=2&ST=nb100usual

「衣料は、景気よりも天気」。かつて柳井会長は、天候に左右されるビジネスモデルの脆弱性をこう表現した。だからこそ、天候がどうであろうとも、「良いデザインだから」「自分に似合うから」「独創的だから」などの理由で来店して、商品を選んで買ってくれる業態を目指して、同社は、2006年以降、ベーシックカジュアルからファッション分野へと舵を切っていた(抜粋)

顧客は雨の日、風の日、雪の日に洋服を買いに行く動機があるのかどいうかが私が感じる命題である。わたしなら晴れた日に買い物に行きたい。なんとしても買いに行く動機はたとえ商品が最高でも起きないのが純粋に私達アパレル企業が向かい合っている顧客の心境ではないかと思う。
そこでどうすればいいか。

悪天候を味方につける。

この一言に集約されると思います。具体的には雨の日に足を運んだらお店でいいことがあればいい。それを告知するための広告販促費は不要だと思う。いつしか顧客が口コミで広げてくれる。雨の日特別価格が常にあれば顧客も「おや?」と思うはず。
解決すべき課題は
①地域の天候差(隣の店舗は晴れていることもある)
②値引きなどの計画が年間の天候に左右される
③臨機応変な現場のオペレーション確立
売れないよりは売れるほうがいいリスクを取って戦うことも必要ではないか。

2007/11/13

頭脳勝負 将棋の世界


渡辺竜王著書「頭脳勝負」を読みました。
将棋というと興味がない方、ルールを知らない方には全くつまらない話かと思われますが、それは違います。また店長職とは無関係かと言えば、おそらくそれも違うといえると思います。
私は幸いにも小学校3年生のときに両親に教えてもらい。将棋をしていた記憶があります。その頃覚えたのが更にオセロ、花札、今考えると自分の両親が将棋のルールを知っているのが不思議でならない。オセロはわかるとしても意外性を感じますが花札は納得感があります。ふたりともギャンブルが好きなため、賭けの花札は若い頃からやっていたのではないでしょうか。ギャンブルについては、そのような背景があるため私は全く興味がなくなり、どちらかというと勝負というものに興味を示すようになったのではないかと今振り返ると感じられます。
ここで道を外れてオセロについて、これは単純に白と黒の戦いです。当時コンピューターオセロというものを買ってもらっていたので、よく対戦していました。強さも選べるため最強にして勝負をしていた記憶があります。当時はサッカー部に入っていたし、犬も飼っていたので毎晩ちゃんと散歩に行っていました。だからいつやっていたのか、どんな時間管理をしていたのかは思い出せませんが、ゲーム自体はとても好きで時間は作っていたのだと思います。オセロは一定の水準に達するとコンピュータには負けないと思っています。わたしの戦略は相手の差し手を狭めていく方法論で追い詰めてゆきます。オセロは1つ置くだけで一気にひっくり返って逆転できるゲームなので盤上の自分の色が少なくてもあせる必要などないからいかに相手の差し手(選択肢)を少なくして誘導していくかに勝負はかかっています。そして最後の数手で勝敗は決まりますが、「肉を切らして骨を断つ」という言葉の通りに痛いところを取らせて最終的な枚数で1枚でも多く自分の色で獲得していれば勝ちとなります。大抵は最後で勝負がつきますし、一手でもミスをすれば途中で勝負が決まることもあります。但し私は人間相手の方が難しいと思っています。なぜなら最良の手を常に打ってくれないからです。定石がない分あれ?となることが多かったことが当時あったと思います。
さて話は将棋に戻しましょう。将棋は正に仕事そのものだと感じました。
①チームの力を全て使って勝ちに行くものである。
②定跡形、力戦形というのは、定跡は一種の方法論のようなもので、研究が進み、ある程度の型が存在しているということ、力戦はその場その場で受けや攻めを考えて応戦していく棋士の力量にかかっている。

①は店舗運営そのもの
②の定跡形は店長も経験を積むと、一定の問題や課題は定石があって、これも研究がなされて比較的解決しやすい、アプローチしやすい方法に当たる

また力戦形は、店舗の特性やスタッフや顧客によって偶発的に発生する要素に対して店長の持つ業務遂行能力をフル活用して解決していくというもの

このような共通点がある。
正に店長は棋士とイコールなのだ。
この本を読んで以来、もしかしたらもっと考える力を飛躍的に向上させ、2倍のスピードで成長するには将棋をやったらいいのではないか?と考えるようになった。

久々に将棋やってみるか。

ザ・マスター・キー 第4週目


■ザ・マスター・キー 第4週目 パワーの秘密
07/11/12週
面白い表現だ。「わたし」が私の心と体をコントロールしている。
確かに心が体をコントロールしているように感じている、つまり脳が指令を出して体が動く、脳が考えて行動が起こる。そんなこと普通だと思っていた。昔、生きていることとは何だろうと考えたことがあって、人間の素晴らしさは、この「考えること」「創造できること」なんだとつくづく思った頃があった。それはなぜか、人間はいつか死を迎える、死を迎える瞬間どうなるのか。それは無だ。人間は生きて思考しているがゆえに死後の世界に思いをはせることもあろうが、死した瞬間それは思考の終着点、肉体の終着点となる。つまりジ・エンドである。
つまりもしも「わたし」が私の心と体をコントロールしている何かとしたら、私が「わたし」によって与えられてきた最も偉大な驚くべき力はそう「考える力」である。これには第3週目まで懐疑的であった私?わたし?にもストンと落ちた。そして肯定的な暗示(わたしはなりたいものになれる)を朝から晩まで唱え続ければ、やがてそれはわたしの一部となり習慣となる。
そうなるまで何も始めるな!と著者は警告する。何かを始めてそれを最後までやり遂げられない、決心しても続けられないなら負け癖がつくからだと言い切っている。続けられないものは始めてはならないという提言。これは非常に身にしみる言葉であった。これと同じ効力をコミットメントは持っている。誰かにやると宣言した以上、絶対にそれを成し遂げなければならない。それが腹の括りである。一旦はじめたら、たとえ天が落ちても最後までやり通す「継続は力なり」である。
賽は投げられたのだから議論の余地はありません。物事をスタートする、意識から行動へ、そして習慣へ移すことの厳しさを良く表した表現だと思います。
パワーの秘密はここに在り。なのでしょうね。
そしてパワーは休息を必要としている、心を鎮められるのは沈黙であり、心が鎮まれば考えることができる。思考はあらゆる達成の鍵なのだと著者は言っている。
沈黙の中に閃きが潜んでいる、閃きに満ち溢れるのは確かに一人で自分と向き合っているときな気がする。4週目にしてようやくノッテきた!(笑)




2007/11/12

ザ・マスター・キー 第3週目


■ザ・マスター・キー 第3週目 身体の太陽

07/11/05週

行動は意識的になされるが、習慣は自動的になり、潜在意識によってコントロールされることになる。
はじめのこの文章が一番よくわかりやすかった。
意識的な心は推敲する、潜在意識は無意識、本能的な要素が強いと感じる。意識がやがて習慣となり、潜在意識に落ちてゆくと本能のそばに取り込まれ極々自然に存在することになる。潜在意識によってコントロールというよりコントロールを感じなくなるぐらい自然になってゆくということなんだろう。そして例によって今回もリラックスしなさい的なお達しでしたので、素直に本に従って宇宙精神にシンクロしてみます(苦笑)この本大丈夫かな。
身体の太陽とは生命機能を維持する精神活動回路の中枢みたいです。
簡単に言うと生命エネルギー?

次回に期待?

ウェブ時代をゆく

梅田望夫さん著書「ウェブ時代をゆく」読了。

楽しく読ませて頂きました。

同時期にこの本をこっちの世界(リアル世界)で購入して読了した方々が、あっちの世界(インターネット)でたくさん書評をアップされており、読むひとの感じ方は様々で、深堀の仕方も様々、知識の厚みや広さ、深みによっても切り口がたくさんあるものですね。そこで私はまず全体観での感想を残しておこうと思います。もう1回読み返してから細かいところを自分に当てはめて整理して書き出していこうと思っております。



「ウェブ進化論」とは、こっちの世界(リアル世界)とあっちの世界(インターネット)の姿を示した。

「ウェブ時代をゆく」とは、双方の海図である。

人が人生という大海原を航海していくために、自らが船長となり、航海士を自らの内に介在させなければならない。

①船長とは「志向性」であり、自らが何をどこに望むのかを決定付けるフラッグの様な要素である。
②航海士とは「ITリテラシー」
③コンパスとは「グーグル」「リナックスのようなオープンソース」

できるだけ簡潔に表現するとこのような感じになった。
これからもっと深く考えてみたいと思う。

2007/11/11

店長職の危機管理について

店長職での有事で一番影響を受けるものに「人事」がある。
これは外的要因と内的要因による人事の2パターンあり、内的要因とは、つまり本人の問題によるものや集団の中での問題など店舗内での問題である。外的要因は本部や上長からの命令によるもので、検討の余地はあってもなかなか、店舗側の意見が通るものでもないのが現実である。私は常に人事については危機管理を実施するようになった。昔新人店長時代に極端な人員不足の状態で、どうにもこうにも店舗運営がまともにできなかった経験や自分が全ての仕事をトップダウンでこなしてしまったために部下が全く育たず、ひとりでフル回転する日々などの経験から身についたことなのかもしれない。新しい環境、つまり私自身が異動によって着任したときに、まず人事を把握する。どんなひとがどんな思いで、此処にいて、どんな強みや課題を持っているのか、そしてこの店舗で描く理想の組織像を考え出す。その理想、あるべき姿に近づけるためのトレーニングを日々繰り返していく。これだけでは実際店舗運営はうまくいかない。例え理想の組織を描いて実現したとしても直ぐにその組織は切り崩されてる、つまり外的要因の人事発令によって育てた部下が抜けるということが常に発生するのである。また突発的に退職や病気など不可抗力によってトップチームの重要なポジションを担っている人間が抜けてしまうことすら現実発生しうる。店長職の有事である。これを切り抜けるために常に有事に備えるように組織を描くようになった。

①今描く、将来のあるべき組織像
②それを実現すべくGAPを埋める育成を計画していく。
③有事の想定をする成熟したチームのどこが抜かれるかを考え抜く
④チームの中枢が抜かれた状態から、その後どのように人が動いていくのか考え抜く
⑤自らの影響力が及ぶポイントを発見する
⑥今描く将来のあるべき組織像と同時に⑤のポイントとなるであろう人材育成に集中する

③はほとんど100%的中する実際、今年の春に受け入れた新入社員2名は異動した。
これは受け入れる当初に想定していたことである。めでたく栄転なので本人達にとっては凄くいいことなのだが、店長職につくものはその店舗で働く全てのスタッフの安定や、その店舗に来てくれる顧客のことを考えなくてはならない。このときは1名残る可能性はあるかもしれないなぐらいは考えていたが、2名抜けるのは濃厚、他の社員が自店に異動してくれば管理職を増やすことができるので助かるかもしれないが、抜かれて受け入れなしが私が出していた結論であった。一番厳しい状況を想定していた。
それに合わせてポイントとなる人物をグリップし早々に育成の下地を作っていた。
④は一番厳しい状況を想定していたが、他店から社員が1名異動となり、管理職が増えることになったが、更に突発的な人事で2ヶ月で他店へ異動となり、最終的に3月の想定に戻った。
間違いなく⑤の自ら影響力が及ぶポイントとなる人物を育成していなければ自店は崩壊していたことになる。そんな現状は既に③の有事に備えた組織像を描き水面下で着々と考え抜くサイクルにつなげていく。このようなことを、この1年できっちり身につけました。
近隣店舗の人材にも関心をしましますし、自社を面接した学生も将来、自社に戻ってくる可能性だって十分にあります。このようにポイントとなる人材に常にアプローチし可能性を最大限に探り続けることが有事のリスクヘッジにつながると私は考えます。

2007/11/08

情報の金鉱web2.0

インターネットサーフィンという言葉が随分昔に流行りましたが、インターネットつまり情報の大海原で航海をしているととてつもない宝島に遭遇することがあります。この感覚は金山で金を掘りおこしたような気分と似ているのではないでしょうか。とてつもない人がとてつもない人と1つの事で議論している。とても高度な内容で、お互いが持てる限りの知を集結して戦っているような場面に出くわすこともしばしばあり、例えば先日発売された「ウェブ時代をゆく」梅田望夫さんの著書は、単純に私が読むと素晴らしい内容で、とても勉強になると感じてしまいますが、一方で、こんなくだらない作品読むに値しないというような意見もあり、その根拠で論争が起こる。どうして素晴らしいのか、どうしてつまらないのか、このダイナミックなぶつかり合いがインターネット上の知を増幅させる。そしてこの状況を冷静に読んで、言っていること、書かれていることが果たして正しいのか、さらにそのこと自体もWEBから引き出してくることが可能になった。このWEB2.0の持つパワフルさの恩恵を私のようなド素人が享受できるということはなんと素晴らしい時代なのだろうか。またこのように「凄い方々」のインプットの原点を探っていくと、とてつもない集合知にぶち当たることが多い。これが私が言うところの金鉱である。この溢れかえる情報の海の中から有益な情報や人物が集中して存在するポイントが、このインターネット上にウヨウヨしている。身近なところだとMIXIなんかは、お友達が固まってこの空間上に存在している。昔必死に調べても見つけられなかった旧友が以外にあっさり発見できる時代になりました。探偵業も随分と今は変化しているんだろうなと感じた一瞬でもあります。
しかしながら金鉱は掘り当てると最高なのですが、そこをどんどん掘って金を集めるのは大変な苦労です。探すのは容易になったが、採取する能力は磨かないといけないんですね。
そんなことを考えながら今日もせっせと金を採取しております。

2007/11/06

偽装問題と日本人の倫理観

今朝は記事の中から偽装問題について、取り上げてみました。

会社に属していると誰かが正しくない行いをしていても正してあげることが大切なことはわかっていても、なかなか告発できない、情に流されやすいということについてが1点。

つまりお世話になっている会社に対して、告発という行為は「密告」という行為であるという、まるで告発する人間が悪であるというような力が働いているのではないかということ。

もう1つは集団の心理、老舗だから全てしっかり管理されていると思い込んでいる危険、そしてそのことに甘える会社が、不正に手を染めていくという現実を物語っている。確かにあのひとは職階が高いから正しいことをやっている。あのひとが言うことだから全て正しいと安易に決め付けて仕事をしているのは危険であり、誰かが道を踏み外したら修正してあげなければならない、会社が社会に反する行為をしたのなら正さなければならないのが筋である。

そもそも偽装を指示した経営陣も呆れるが、それを行っていた社員やアルバイトにも大きな疑問を感じてしまう。それを食べたり、買ったりするのが身内だったらどうなんだ?という話。内部告発はチクリではなく、社会を安定させるモラルスタビライザーではなかろうか。

http://it.nikkei.co.jp/business/news/index.aspx?n=MMITzv000005112007

2007/11/05

5分で人を育てる技術

今朝のグーグルニュースの中に発見した。
タイトルからして、ためになる記事。
その中で、こんなことが書かれていた。

仕事が速い人の7つの特徴

(1)批判的に考える・見ることができる
(2)深く理解できる
(3)話を固めることができる
(4)構造的に分解・組み立できる
(5)目的達成型の行動ができる
(6)他人を説得できる(他人を上手く使える)
(7)自分に「〆切り」を課すことができる

具体的なエピソードを使って説明がなされているため、非常にわかりやすい内容である、しかも日常でよく発生しているようなことがたくさん含まれているため、仕事で行き詰っているひとには有効。

http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/Watcher/20071103/286355/

この方が書かれたコラムは過去分が右下に一覧になっているので、全部さかのぼって読んでみよと思う。

①と③の関連性については、③の話を固めるには自分の提案を①でチェックする必要があるからではないか。提案を通そうと思ったら、自分のロジックの抜けや漏れをよく理解し、そこを埋めておく、もしくは想定される反対意見に対して事前に手を打っておく必要があるから。

慢性の人員不足と戦う

少子高齢化社会の日本、先日書いたブログではアジアの少子化についても触れましたが、人口安定に必要な合計特殊出生率2.1を下回る状況である。つまり日本は今後、アジアの東の端にある年老いた小国という表現がマッチする国となりかねない。社会的な問題でもある少子高齢化社会において、私達企業が一番困る問題がヒトではないか。このヒトの部分が安定しないかぎり、なかなか店舗運営が安定することは難しく、年々大型化していく店舗で必要な人材の人数も増加していく。その一方働き手である社員、学生アルバイトは減少の一途を辿るという相反関係。この問題を解決していかないと店舗の成長がない、つまり会社の成長にも大きな影響を与えることとなる。既に個店で対応できる時代は終わっている。地域によっては慢性の人員不足に陥り、近隣店舗からの応援が恒常化しつつあるこの現実。これでは貴重な人材を計画的に育てることは困難である。
そこで何ができるのであろうか。1つ考えられるのは求人が比較的必要ない、学生が多い地区や大学が密集している地区が存在している。このような環境にある店舗の店長には育成のスペシャリストを配属すべきである。また極端な人員不足に陥っている店舗には経費管理能力の高い店長を配属する。人員豊富な店舗は年間で必要な人員を大幅に超える人材を採用し、豊富な人件費を駆使して強力なチームを築き上げる。そして社員以下の人材で店舗運営が回るような組織を形成してしまう。それと合わせて社員からなる特別チームを作り、人材不足店舗にマネジメント集団として一定期間常駐させるようにする。ひとりは部下育成、ひとりは在庫や計画の管理など店長の右腕、左腕として徹底的なサポート体制を確立させる。地区長はこの人材の凹凸をコントロールするため年間の人材の過不足を100%埋めること、全体管理を行い、人件費の流動的な活用を意識的に行う。このシステムを維持するために特に閑散期でも豊富な人員を確保している店舗はスタッフへの労働を約束し、人材力を内包させておくようにする。これをブロック単位でも行うことで徐々に人員充填率は高まり、戦力もアップされていく。ポイントはやはり人材育成のプロフェッショナルにヒトとカネを投資することである。

2007/11/04

モーレツにやる気を出す。やけくそ的パワーを出す。

ブロックを束ねる方から、こんな内容のメールが飛んできましたので、出所を調べてみました。
そうしたら以外にも日経だったんですね、そしてこの文章かなり面白かったので
私も同じタイトルで書いてみようと思ったわけです。

http://business.nikkeibp.co.jp/article/skillup/20071025/138544/


モーレツにやる気が出せるのならはじめから出せよって話ですが、火事場の馬鹿力のように人間、自分を追い込んでどうしてもやらなきゃいけない瞬間がある。その時にこのパワーをどうやって引き出して、どうやって使うかの方法論。
イメージとしては、ドラゴンボールの超サイヤ人みたいなノリだろうか。私の場合

①畜生を100回以上何度も繰り返して心の中で叫ぶ
②次に精神集中に入る。心を沈めて、これから来る爆発的な波におぼれないように頭を真っ白に
③頭の中にただ「できる、俺はできる、やってやる、絶対にやってやる」と暗示をかける
④深呼吸を繰り返す
⑤目をカッと見開き、こぶしをぎゅっと握り、ありったけの力をこめると同時に腹筋をしめる。
⑥息を全部吐き出す
⑦これで完全にスイッチが入って変身した気分になる

これで複数の仕事をズバズバ切り捨てていく、迷わず瞬間判断で片っ端から仕事を片付けてTO DO リストに×マークが短時間で激増し、単独でやらなければいけないことがなくなる。
そして退勤を切る。

お疲れ様でした。

部下とする仕事やレクチャーの場合、やけくそ的パワーを解放すると肉離れを起こすので控えめにするようにしている。

こんな上司を持つ部下の皆様お疲れ様です。

クレームの嵐で思うこと

最近店舗ではクレームの嵐。
連日のようにお客様からのご意見を頂いている。週末の大混雑でレジ待ちが発生、試着室での対応順番をめぐるご意見など様々な内容である。一方スタッフが名指しでお褒めを頂くこともあるアンバランスさ、週末は積極的にご意見を頂くのをやめて、平日のサービスが充実しているときにアンケートをたくさん配布すればいいと、社員やCSリーダーからの提案があったことが、店長魂に火をつけた。それはCSの本質ではない。断固として突っぱねて混雑してようといまいとアンケートはとり続けるべきだと提案を押し切り、正直に挑戦してみた結果である。ただ私はこれはこれでいいと思っている。データとしては最高だし、課題が完全に浮き彫りになる。またどうしても社員の意識レベルの低下をさせたくなかった。表面的な仕事の仕方、顧客との向き合い方を今覚えたら将来はない。それは絶対に避けねばならなかった。そしてまた1つ新たに感じたことは、それでもクレームは駄目だ。という真実。馬鹿正直に挑戦しても絶対に発生させないことが必要であった。反省は多いが、大切なことを理解できたと思う。ポジションパワーのために確実に点を取りにいくこともできるが、またしても寄り道をした。
それでもこれが私の信条。だからって、諦めはしない。
それでも確実にはいあがらなければならない

ウェブ時代をゆく




いよいよ来週リリースされますね「ウェブ時代をゆく」が。
なぜかアパレルの店長がなんで、ウェブの話に興味があるのか不思議な気がしますが、これからの時代は、やはりインターネットのことを知らないで仕事ができないんじゃないでしょうか。またインターネットに接続されていないひとも同様に時代に取り残されていく気がします。
梅田さんの著書に「フューチャリスト宣言」や「ウェブ人間論」があり、これも著名人との対談形式で書かれたもので面白かったので、「ウェブ時代がゆく」が出るまで待ちきれないひとは間つなぎで読んでみるといいかもしれません。
先日書いたブログの中で、引っ張ってきた思考ロールモデルなどの対談の続きが更新されていたのを書き残し忘れていたので。

2007/11/03

時間に負けない生き方とは

最近は、「人生の質」という言葉を聞くようになった。上質な生き方とはなんであろうかと考えたとき、生きるうえで一番の制約条件である時間について一番考えなければならないと感じた。では時間に負けないということはどうゆうことか、それはいたずらに時間に振り回され、時間が足りなくなるという感覚に陥り心も体も疲弊しきって敗北感が漂う、感動や充実感を感じられない、まさにゾンビのように短い人生をただただ浪費していくようなことではないか。忙しいとは心を亡くすと書く。現代人はとにかく時間に負けている気がしてならない、特に日本人は世界で最も時間に負けている民族ではないかと思う。時間に負けない方法論について考えてみた。時間は世界共通24時間、どんな天才でも、ホームレスでも全く同じ、24時間だ。これは時間の神様が存在しているならニヤニヤ笑いながら24時間が終了するとホイッスルをピーッと吹く、それと同時に新しい1日は、こちらがどんな状況であろうと勝手にスタートを切り問答無用で進んでいく。進んでいってしまう。時間に負けない方法論とは時間の構造を理解することからはじめると良い。

①1日は24時間である紛れもない真実を理解する
②1日のうち7時間は睡眠を取った方がいいのではないか。これは健康上そのようにすべきだ。
  かのアインシュタインは鬼のように頭脳を使った後はハイパースリープ、超長時間睡眠を
  取っていたそうだ。でないと頭が回転しない、集中できなかったそうだ。
③残った時間の配分が時間に負けないために使える時間になる、つまり17時間。
④一般サラリーマンは8時間働くことが通常なので8時間は仕事ということになる。
 よって自分の時間は9時間がスタンダードになる見積もり。

時間に負けないための方法論は①~④が前提でスタートが切れる。
皆さんはグーグルをご存知だと思うが「20%ルール」という時間設定がグーグルという会社にはあり、
仕事以外で仕事に当てる時間の20%を自分の仕事以外のことに強制的に当てなけらばならない
決まりがあり、いくつもの快適なサービスはこの「20%ルール」からうまれたのだ。
ということは自分の人生のうちの少なくとも20%は未来へ投資しなければならないのだろう。
もち時間の9時間のうち1.8時間、およそ2時間は趣味や勉強に当てるといい。
3度の食事を各1時間、風呂、トイレ、移動時間の合計を5.5時間と見積もって既に7.5時間
残り時間は、平日1.5時間ぐらいは人とコミュニケーションするだろう。
週休2日とすると、休日は更にボーナスで2日間当たり16時間が手に入る。
上質か上質でないか、人生の質で差が出るのは実際1週間の中のこの16時間なのではないか。
と考えられる。この構造を理解の上、週間をコントロールする習慣を身につければ、おおよそ時間に負けることはないと思われる。但し仕事が8時間で終わればの話だが、仕事に追われる、つまり仕事に割り当てている時間に負ける状況を打破するには、同じく仕事に割り当てている時間の構造を理解することから、負けない方法論がうまれてくる。
よって自分の時間の棚卸をしてみれば、有意義な時間と浪費している時間が浮き彫りになるので、人生の質を高める近道になるのではないかと思う。

時間に負けない生き方とは、切捨ての美学なのかもしれない。

SA修行中の部下から学んだこと

今日は平日中に地区でのミーティングと地区内の店舗の店長代行者に対する勉強会の講師を務めたため、公休日が珍しく土曜日になったこともあり、昔の部下と久しぶりに再会することになった。
家族ぐるみで面識があるため、皆でワッフルを食べながら近況報告をし合った。私が新人店長の頃の店長代行者であった部下は現在、SA(サービスアテンダンド)のトレーニングを積みながら都心の店舗マネジメントに携わっており、現状のSA制度の状況や人事のことについて色々と話をしました。その中で非常に勉強になったのはESつまり従業員満足で実施していること。これは私の店舗でも絶対取り入れるべきだなと感じました。彼女の素晴らしさは、やはりSAをやっていることもあるかもしれないが、常に部下思いであること。とても面倒見が良く、新人店長時代も関心したものでした。それにわざわざ手土産まで持参して頂き、本当に話ていて凄く成長したなと感慨深かった。是非この制度をしっかりと根付かせ会社を成功に導いてもらいたいと思うとともに、自店へ出張依頼をかけようと思っているので、心の準備をお願いします。

プリンご馳走様でした。

闘育論について


これは必読です。ということではなく、上司がやたらと亀田史郎さんについて熱く語るので、どうしても好奇心が抑えきれずに購入してしまいました。今、この地区の店長で「闘育論」を知らない店長はいないんじゃないかというぐらい、この1週間持ちきりでした。実際は上司が面白おかしく話してくれていた内容の方が充実しており、読破すると、それほど凄いという印象は受けませんでしたが、うちの奥さんは、今まで私が買ってきた、持っている本の中で一番低劣だと酷評を頂きました。すみません。
確かに今やマスコミに袋叩きにされ、印象は最悪の亀田家ですが、ひとついいなと思ったことは良かれ悪かれ、親と子の対話はしっかりされている家庭なのだということです。ポジティブなコミュニケーションが最高ですが、ネガティブなコミュニケーションよりノーストロークが人間にとって最悪です。このご時勢、子供と会話すらできない親が多い中、とにかくアグレッシブなストロークを続ける史郎さんは評価できます。あんまり絶賛すると世間がうるさいので、このぐらいで失礼。

ザ・マスター・キー 第2週目


■マスターキー 第2週目 潜在意識の驚くべきパワー
 07/10/29週
先週に引き続き、非常に宗教や信仰と言った類の内容に感じますが、著者が伝えたい本質を私なりの言葉に言い換えると、潜在意識は生命維持(心臓の鼓動、血流など)を司る、また願望実現の源でもある。そして習慣の拠点である。潜在意識は留まることなく常に働き続ける、そして潜在意識に影響を与えることができる「門番」が意識である。間違ったり、歪んだ意識は潜在意識に大きな悪影響を与える。意識から潜在意識へ適切なアクセルを行えば潜在意識が持つ力を最大限活用できるということではないか。悪しき習慣は潜在意識の拠点がそこにあり、その要因は門番である意識からの悪しき暗示である。意識からの正しい働きかけは健全な思考や人生の習慣形成を行い、潜在意識の持つ恩恵に与ることが可能となる。
こんなところでしょうか、ではまた来週。

仕事をビジュアル化してみる


上海ヒルズ


六本木ヒルズ

http://www.mori.co.jp/companyInfo/press/2006/1120_2006112010320024961.html

先日、森ビルの経営者が事業についてコメントしていた。居住についての高密度化、そして高密度化から空へと居住空間は伸びていくという発想。それを具現化したものが、ご存知「六本木ヒルズ」そして経済大国、中国は上海の上海ヒルズである。この記事(なんの雑誌か忘れたが)を読んでピンときたことを書いてみようと思う。この高層ビルを眺めていると現代の仕事みたいに見えてくる。ビルは単純に縦×横×高さという構造(それ以外もあるが)であり、縦を時間、横を量、高さを仕事の種類、つまり仕事は1フロアで1種類、高くなればなるほど仕事を構成する種類が多いということになる。そしてそれぞれに要する時間と量を掛け合わせるというような構造をしているのではないでしょうか。

ここに縦が10、横が10のキューブの集合体が高さ100階で存在しているとする。
これが、誰かの仕事で、職階があがればあがるほど、超高層化している。店長職は比較的高さの低いマンション程度なイメージである。つまり職階があがればあがるほど、時間は長時間、量も多く、高さもあるため仕事の種類も多く複雑な印象を受ける。
この仕事を短時間で効率良くこなすということは、どういうことか、ワンフロア、10×10=100部屋(キューブ)がある縦軸と横軸を圧縮していくということに他ならない、つまりキューブの高密度化である。最小にするには縦軸の10キューブを1キューブに圧縮する、要する時間を1/10にすること。横軸の10キューブを1キューブに圧縮すること、つまり量を圧縮して1/10にすること。これで1階のキューブは超高密度の1キューブとなる。これを各階層で実施すると1キューブを高さ100階まで積み上げることになる。ここでこの100キューブを全て地上1階のフロアに配置すると超超高密度のワンフロアができあがる。これはどういう状態かというと、1キューブと1キューブが連鎖して存在すること。1つが倒れるとパタパタと倒れるドミノか、化学反応のチェーンリアクションのように。
もしこの反応を早めたいと思えば触媒が必要になる。この触媒は連鎖がうまくいくように促すもの。
つまり仕事がうまく流れるような仕組みである。
こんな超超高密度もしくは、超高層化した仕事を抱えている状況では満足に人間らしい生活なんて送れない。だから、この超高密度のキューブをスピンオフする必要がある。これが権限委譲に匹敵する。ここで注意が必要である。この超高密度のキューブをスピンオフした相手が、この高密度キューブをそのまま元の展開の10×10に戻すことなく維持するためには、このキューブの構造を理解する必要がある。そしてキューブを複数スピンオフする場合はその連鎖、つまり連鎖させるスキルが必要となる。これが私がビルから思いついた仕事の構造論である。

この構造論を煮詰めるとチェーンストアの原理原則にある3S主義に通ずるものがある。単純化、標準化、専門化の頭文字をとって3Sだが、このキューブの単純化は階層(高さ)で仕切ることによるもの、標準化はスピンオフ、専門化はフロアを跨いでキューブを配置する連鎖部分に当たると考えられる。

http://www2s.biglobe.ne.jp/~kobayasi/dist/chain.htm

こんな感じで仕事をビジュアル化すると、会社に属する人間の居住地区はどんな絵になるのだろうか。きっと摩天楼のようなビルの集団と平屋木造一戸建てみたいな建物が延々と広がるようなビジュアルになってしまうような気がしてならない。超高層ビルも平屋も考え物である。

人口減少とマーケティング



今朝ブログを読んでいたら目に留まって、どうしても読みたくなって1時間後には手に入れて読んでいた本がこれです(笑)
非常に興味深い内容で、以前ドラッカーを読み漁ったときに人口統計から読み解く経営という印象が残っていたので、今勉強中のマーケティングには凄く参考になるのではないかと思って直ぐに買い求めました。出生率の低下に伴う、生産年齢人口(15~64歳)の人口比率の上昇が労働投入量の増加と国内貯蓄率の上昇をもたらし、経済成長を促進するという「人口ボーナス」現象がアジアの経済発展を支えてきていたが、世界の人口はこれから爆発的に増加する中で、欧米、アジアの出生率は低下したまま下げ止まり、アフリカ圏が人口増に大きく貢献していく状況、特筆すべきは深刻なアジアの少子高齢化が引き起こす影響は、私達の生活の質を支える社会構造に厳しい課題をつきつけている。
ドラッカーを極めたいと思い、物凄く勉強したが、終わりはなく。
マーケティングを極めたいと思い、物凄く色々手をつけているが、全く終わりは見えず。
テストがあるわけでもない、評価されることもないため孤独を感じながらも、どこまでも勉強してみようと思う。ちょっと寄り道したこの本はマーケティングを考えていく上で重要な考え方であったと思う。
店長たるもの人口や顧客セグメントぐらいは知っておきたいものである。