2010/04/27

20歳のときに知っておきたかったこと What I wish I knew When I was 20


スタンフォード大学アントレプレナーセンター、エグゼクティブ・ディレクター、Tina Seelig著書、兎角この世は成功事例ばかりに飛びつきたがり、失敗というと恥ずかしいこととして、それこそ臭いものには蓋ということが当たり前のように感じる。日本ならもっと如実だろう。私は店長になった頃は、優秀などともてはやされて、多少なりともいい気分ではあったし、優秀を維持しようとするプレッシャーや最速で昇進することが一番重要なことだと思っていた。状況は一変する。毎日問題にぶち当たり、成果らしい成果も出せない。それこそ失敗につぐ失敗、昇格面接で言った一言で、昇格が見送られることだってあった。海外でも、失敗につぐ失敗。失敗以外に何もないのではないかと思えるような有様だ。しかしこのような失敗の中で、失敗についてよく考えるようになったのは、とても良い経験となった。この本にも出て来るように、私は失敗を成功へのプロセスと捉えているし、積極的にリスクを取ってゆくことにも怖気づくという感覚は薄い。失敗は宝だ。失敗した人間しか、その匂いを嗅ぎ分ける感は養えない。この本からは、失敗との関わり方について学ぶことができる。そして常識を覆すために日頃からどのような思考を備えるべきかについても知るヒントとなるだろう。はじめの設問で、読み続けることを一旦停止し、まず5ドルという金額に惑わされてはいけないと考え、それからホリエモンが起業するにあたって、自分の好きな事よりも、儲かる分野を選び、できる限り起業にあたりコストが0に近いものを選ぶという考え方が脳裏をかすめた。非常に興味深い講義であるが、このようなことは自分で自分に問題設定すればシュミレーションできるわけだ。一番重要なのは、それを実行するか否かである。そこに大きな差が生まれる。現在のAmazon ranking 3位という超人気本だが、この本を読んだひとの中で、どれだけのひとが実践するかが、私の中で一番の興味でもある。これだけ良書が溢れる世の中だが、変化を起こせる企業家は限られている。ではそれ以外の大多数は一体何の為にわざわざ本を読んでいるのだろうか。

福沢諭吉を語る会

福沢諭吉について、どれぐらい話せるか、そんなゲームを店舗の店長代行者と約束した。期限はGW明けまでで、時間が合うときにお茶をしながら、福沢諭吉について語ろうというものだ。最近は大河ドラマで坂本竜馬が人気のようで、この時代に生きた志士達が書店でもよく目に留まる。そして現在の日本は、当時のように先が見えない不安の中で、日本が浮き沈みするかどうかというような混沌とした状況下にあるのは同じではないかと思える。唯一の違いは、現代に生きる日本人の殆どは白旗をあげ、無気力で、日本の未来より、自分の1年後のことですら、無関心というような状況ではないかと思う。志士達から学ぶためのブームなら良いが、あの頃は良かったというような黄昏ブームだと益々日本は疲弊してしまう。この国を変えるには、ひとりひとりが貪欲に志を持って前進してゆく以外には何もないのだ。そんなわけで、福沢諭吉を語る会では、そのようなキッカケ作りのためにゲーム感覚ではじめたのだが、コレを気に歴史から学び、立ち上がれる人間がひとりでも増えれば良しとしよう。

富は誰のものか?!

最近Midnight lectureとして、Internet(You tube)上でも公開されているようなオープン講義で学ぶのが習慣になっている。最近の一番お勧めは、このMichael Sandel教授のJustice(正義・公正)という全12回24コマの講義で、身近な事例を使いディスカッションを用い、自ら考えながら参加できるのが素晴らしい、この講義の絶大な人気が理解できる。世の中で起きている事柄を考えるのに、非常に役に立つ知恵と言っていいだろう。米国オバマ大統領が実現を試みようとしている国民皆保険は、米国民にとって、どのような意義を持つか、その賛否について、根底にある人間の考え方というものを理解すれば、どちらのサイドの言い分も、そもそも考え方のスタート地点が違うことが手に取るようにわかる。そしてこのようなことを議論できる場というものは、人間を飛躍的に成長させる絶好の機会である。先週のNewsweekにリベラルアーツ(一般教養)よりビジネスに直結したノウハウを習得したい学生が増加しているという記事があったが、ノウハウなどは学べば極端な話、誰にでもできることだが、リベラルアーツから育まれる人間性や創造性は、ビジネスを全く違う次元に導く素地となり得る。そこを勘違いして目先のスキル習得に走るのは愚者としか言えない。私達から職階や職責を奪い取れば、ひとりの地球人ということ以外何もないわけなのだから、ではひとりの人間として、どれほど豊かなのかということが私達がまず考えるべきことなのではないだろうか。今後もMidnight lectureは続けていこうと思う。

二本足で歩く素晴らしさ

左足首の怪我は、全治1ヵ月半ぐらいという診断だ。全治と言っても骨がくっつく期間で、その後のリハビリなどを考慮すると夏ぐらいまでは、松葉杖で歩行するという期間は続くだろうという見通し。二本足で普通に歩けることが、どれだけ素晴らしいか心底感じている毎日だ。松葉杖は見かけによらず、異常に体力も気力も奪う。駅まで5分が3倍ぐらいの時間を要するが、何より奪われる体力や気力で言えば10倍以上の負荷がかかっているのが現実。ちょっとした道路の傾斜や不便さをリアルに感じることができる。今なら足が不自由な方にどんなサービスや歩行や生活をサポートできる器具が最高か、いくらでもアイデアが出せるぐらいだ。降って湧いたような災難であったが、この不自由な生活の間、違った視点で物事を見ることができるのは非常にラッキーだったかもしれない。昨日、今日と病院へ足を運んできたが、担当の先生は実に献身的で、親切、丁寧、おまけに医院には三国志が全巻揃っており、インプットする場としても、よい環境になっている。往復の道のりは筋力トレーニングと据えて、歩くことで、健康促進という面でもプラスだ。今回は、常に注意深くあるべきという教訓を得たと同時に、歩けないなら、どうしたら良いか、働き方も一度0ベースで考える機会に恵まれたと前向きに捉えている。

2010/04/19

「知の衰退」からいかに脱出するか?




大前研一さんの著書「知の衰退」からいかに脱出するか? 現状の日本を的確に表現している1冊であり、どのようにしてこの状況を打破してゆくのか、具体的な方法論まで示してくれた内容は、現在のグローバルワールドで生き残るための重要な羅針盤だ。一番悪いことに、私達の殆どは、そのような状況下に置かれていることすら認識できていない。正に「井の中の蛙」か、時代遅れの島国根性としか言いようがない。新入社員を受け入れてから、いかにマネジメントとして育成するかという視点と、グローバリストとして世界で通用する人材に育成するかという葛藤の日々で、グローバリストの条件について、触れていること、また集合知(CI)、集合天才(CG)についても触れており、非常に読み応えのある内容で、計画ではなく、どのように実行すれば現在の目標を達成できるのか、大きなヒントを得た形となった。


メシを食ってゆく手段「三種の神器」のみご紹介
①英語
②ファイナンス
③IT(それを駆使した論理的思考、問題解決法含む)


ひとことだけ言うなら、読んだら直ぐに実行しろ、である。この5年ぐらいは的外れでないことをしていたようで、少しホッとしましたが、これからの荒波は、もっと厳しくなると思うと、ボケッとしてなんかいられません。荒波に気付いていなければ、いっそ飲み込まれるのも一興。坂の上の雲に向かってゆく志や、あの情熱が今の日本人の多くに蘇れば良いのですが…誰が言ったかは忘れたが、二人の囚人が監獄の窓から、外を眺めた、ひとりは星を見つめた、ひとりは地面を見つめていた。不平不満の垂れ流しで、主体者となることを放棄した者は地面を見つめて生きればよい。坂の上の雲を見ることができるのは、志ある者のみ。

謎の本屋

大型書店に行けば、それ相応の品揃えがあるのは至極当然。駅前の小さな本屋には足を運ばずにいましたが、先日仕事帰りにサラリーマンが吸い込まれてゆく姿を見て、丁度探していた本があったので、穴場的に在庫があればいいかと思い自動ドアをくぐって陳列棚を眺めてゆくと、こだわりがある品揃え、店舗規模としては本当に個人書店なのだが、取り扱っている本の数々は相当素晴らしく吟味したものしか陳列されていない状況に驚いた。その中から1冊選んで、レジを持ってゆき、探していた本の在庫を確認すると、親切丁寧に取り寄せてくれるとの事、しかも名前などは頂戴しない方針で、1週間を目処に好きなときに立ち寄りくださいというご主人。品揃えについて質問すると、そのこだわりについて答えてくれるとともに、私が選んだ一冊について、そこに関係する書籍や裏話、果ては、この土地の名前の由来から、本屋の裏事情まで、お話を聞かせて頂いた。この人の頭の中の知識はどれほどのものか、非常に興味が湧くとともに、今後、この本屋を拠点にしようと思った夜でした。店舗の下にある本屋は、Newsweekすら置いていないので、不便を感じていた。この書店ツボに入れば、とても良い情報基地になる。毎日通るのでロケーションもバッチリ、外観や建物の大きさだけではわからないものだと唸らされた。

2010/04/15

TOEICで撃沈

2時間英語漬けになることが、あれほどヘビーだとは思わなかった。スタートしてからの75分、リスニングテストで、ほとんど集中力を使い果たし、後半のリーディングでは、ページを開けど、開けどクレームのお手紙、お褒めのお手紙、どうでも良い広告の情報量にただただ疲労感を覚えた。せめて興味が湧くような面白い記事なら…。案の定時間もショートし丸々9問分ぐらいは殆どノータッチ。速読したために、文脈を捉え切れていない不完全燃焼感が漂う中、タイムアップ。自分が何点取れているのか想像もつかないところが、自分の実力すら把握できていない散々な結果を物語っている。まずは700点以上取らないと、英語を四の五の言うステージにいないことを社長は言いたいのだなと痛感した試験であった。そこを超えたら、SWテスト導入の方が、現場に則していることを提案しよう。既に上司に提案してしまった手前、試験直後は、恥ずかしさでいっぱいであった(苦笑)

文明の利器は文明の創造者である人間を退化させたのか

この世は恐ろしく便利になり、私達を取り巻く環境は、この期に及んでも未だに快適を求めて変化し続けている。文明の利器は文明の創造者である人間を退化させたのか。そんなことが頭を過ぎる日々が続く。なぜ人々はここまで「思考停止」なのか、考える力が衰退する一途である本当の理由とは何か、重要なヒントは私達を取り巻く環境にあるのではないか。時空をこえて情報を伝達する手段を得た私達は、その手段を有効活用し、飛躍的にインプットとアウトプットを高める人類と、ひたすら情報に翻弄される、流される人類の二極化を進めた。質の高いコミュニケーションを発揮するはずのインターネットの発達が、対人能力の低下を推し進める。ネットを通じてしか対話ができない。インターネット以前の世界は、何をするのでも、顔を付き合わせて会話をすることが、一番のコミュニケーション手段であった。明らかに私達は、このコミュニケーション能力のトレーニングの機会を損失している。携帯電話の普及は私達のスケジューリング能力や時間管理のレベルを著しく低下させている。その日、その時間にそこに行かなければ会うことができない。今では、遅れてくることを連絡することで、ルーズな人間がルーズでないような錯覚すら起こす有様だ。柔らかくてカジュアルなファストフードは顎を退化させる。なぜか世の中で良くなってゆくのは、本来その恩恵を受けるはずの人間ではなく、人間が創造した創造物である。私達の周辺にはとてもカジュアルに便利という名のもと、私達から考える力を奪うものが溢れている。文明の利器に負けてはいけない。文明の利器を活用し、思考力を高めることだ。私はこう思うんだが、どうだ?!に答えてくれる、このインターネットは非常に頼もしい話し相手の内の一人である。答えを求めるだけの検索は危険な落とし穴の内の1つだ。まずは自ら考えるべきだ。

美しき狂気アブサン解禁


米国でアブサンが3年前に解禁になっていたことを知らなかった。アブサンと言えば、その中毒性などから発売禁止となっていることを、アルバイトで、バーテンをやっていた時代になんとなくは知っていた。ニューオリンズで文豪ヘミングウェイが愛したとされるアブサンとシャンパンのカクテル「午後の死」を味わうことができるのだ。アブサンは何よりも、中毒性を問われた成分よりも、アルコール度数70%というところに狂気が潜んでいると思うのは私だけだろうか。世間ではテキーラは強いとか、ウイスキーは強いとか、名前だけで強い、弱いと言うひとが多いのだが、基本となるスピリッツは40度程度でほとんど同じアルコール度数、そこを基準に考えるとリキュールで70%というアブサンは本当の意味で強いと言える。日本ではぺルノーが有名で、実際私も原液で頂いたことがあるが、美味とは言いがたいお味。たまには気取って当時を再現してみるという趣旨で、再度飲んでみようとは思うが、今でも舌に残る当時のお味、決してお勧めできない。私達が住む現代は、美味しいものが溢れすぎている。

Gameを教育ツールに変える

日本マクドナルドは、新人教育ツールの任天堂DSを活用している。同社はE-smartという独自のソフトを開発し、店舗オペレーションなどを直感的かつGame感覚で学べるツールを開発し、現場で活用している。この取り組みはCEOである原田氏のトップダウンにより進められた取り組みで、従来の教えるひと、教わるひとという構造に陥りがちな「学び」について、空き時間や、疑問に思ったときにいつでも自らDSを使って調べたり、反復トレーニングして知識を強化したりする、いわゆる主体性を持って行動できる人材育成を狙いとして導入されている。一度もオペレーションに触れたことがない新入社員が、DSのトレーニングを行なった後で、現場で独力でハンバーガーを製造している姿は、驚愕だ。そしてGame時代で育ってきた世代を、どのように効率よく育て上げるか、またGameが持つ中毒性なども、うまく利用している原田氏の経営手腕、恐るべし。

2010/04/12

Spring has come



日本の四季の美しさを象徴する桜がある風景、三郷には、このような素晴らしい景色があります。青い空と白い雲、桜の鮮やかな桃色に河川敷の緑が見事な色彩を織り成しています。良き一日。






我々の財産

一番大切な我々の財産は、健康と考える力だ。これだけあれば良い。
この2つを高める、維持することに投資することが肝要。学ぶ喜びを人生の早い段階で学ぶことができれば、考える力を高める仕組みが構築できる。学生時代に学んだ貯金など、社会に出てから学ばないで過ごせば、あっという間に底を尽きる。学生時代にサボっていたとしても、社会に出てからしっかり学ぶことを継続すれば、そのツケはあっという間に返済できる。日々意識的に取り組み多くを学ぶことだ。考える機会は、そこら中に溢れている。3月度の売上実績でマクドナルドは絶好調、牛丼の吉野家は低迷。マクドナルドと言えば、高付加価値バーガーで話題性を提供しつつ客単価アップという施策と、過去の人気商品再登場、平日ポテトSML150円お試し価格というように、客数増を狙った売上対策が功を奏している。マクドナルドのポテトを食べたことがない人の方が稀で、お試し価格ということ自体、的を射てないと感じたが、顧客がこの言葉から受け取る印象としては、安いからちょっと食べてしまおうかという気分にさせるフレーズだ。巧みに客数増のための値下げを客単価アップの施策で補完している。吉野家が、現状から脱するためには非常に苦労するというのは、自分が吉野家の経営を任されていると考えれば、感じ取ることができる。売上施策として、打つべき手に多くの制限が掛かるからだ。売上を上げるには客数増か、客単価アップだが、マクドナルドと違い、高付加価値という打ち出し自体、普通に考えれば牛丼と周辺商品で考えてゆくとなかなか難しい。単価を下げて薄利多売という手法は、利益を痛めるが、客数増にならなければ著しく経営難となる。そして客数は競合の値下げ合戦のため、一人勝ちという状況に持っていけるかどうかは、こちらも相当困難だ。牛丼で勝つということは非常に難しいことが良く理解できる。考える機会はこのようにどこにでもあるわけだ。

Time Tableが決め手


たまたま公休日に何をしているのかが話題になり、我が社のある社員の1日のTime Tableを書き出してもらった。私が書いたのが大きな丸で、その円の内側にホールケーキをカットするように、典型的な1日を書き込んだものだ。このような生活を1年しているというのだから衝撃である。これで成長できるかと言ったら完全にNoである。集団IQで勝負するグローバルな競争の中で、ひとりひとりの卓越性が求められるにも関わらず、これでは話にならない。ということで、軽い話題からお説教モードに…。もう1つ言うなら線の引き方も8時の向かい側に18時が来ている。

2010/04/08

経営者

経営者をどう育てるか、グローバリストをどう育てるかという考え方は、間違っているかもしれない。育成しなくても本当に資質がある人物なら、自ら試行錯誤を繰り返し、道を切り開いてくるものなのではないか。素晴らしい指導者に恵まれて、成長が促進されることはあっても、結局は自らそれを望むか否かによるのではないか、そんなことが頭をよぎる。そこに対して、どうやって経営者を育成してゆくのかという取り組みは、非常に興味深い。

2010/04/05

甘え

仕事を終えて、夕食を済ませて就寝するまでの時間、たまたまTVで特集されていた路上生活する若者のドキュメントに登場した、ある男性の生活ぶりに唖然とした。生活保護を受けるためにハローワークに足を運び、生活保護を延長するためだけに就職活動らしき履歴を残す毎月のルーチン、生活保護およそ10万円は、彼曰くお小遣い。毎月お小遣い日が待ち遠しく、入金されると直ぐに、煙草や嗜好品を買い漁り、国から支給される鉄道やバスの無料使用パスを利用し、食事の無料配給(ボランティアによる)を頂戴するために新宿に足を運ぶ日々。こんな輩が税金をむさぼっている現実があることに強い怒りを覚える。保護を手厚くすればするほど、結局は落伍者の温床になるわけだ。厳しいようだが、過保護なセイフティーネットなど取っ払い、血のにじむような現実の世界に放り込むほうが、ハングリー精神を持った強い人間を生み出す方法なのかもしれない。それが本人のためでもある。Newsweekでは台頭する中国のミドルというような記事がよく掲載されるようになった。情報の中には、本人は職も持たず、親のお金で好き勝手に暮らしているような若者が急増しているという報道などもある。かたや貧困らしき生活の中での甘え、かたや裕福な生活の中での甘え、共に誰かに依存した生き方だ。自活してこそ一人前の人間。自活なんて大した言葉ではなさそうだが、自分で生活を成り立たせることは、人間としての初歩中の初歩である。偉人と呼ばれる人々は逆境の中、厳しい環境の中で葛藤した方々が多い、人と比較して自分は恵まれない環境だと感じているなら、それは非常に幸運なことと捉えた方が良い。

2010/04/03

現状維持は衰退である

現状維持は衰退である。毎年同じこと、同じ生活をしていればなんとかなるということはない。現状維持は退化していることと変わりはしない。毎日毎日1分1秒をどう使っているか、その集合体が自分を作り出してゆく。「ここをなんとかしたい」「どうやったらうまくいけるか」同じことを繰り返して、うまくいかないことに文句を言う時間があるなら、どうしたらうまくできるのかに知恵をしぼる必要がある。現状維持をはじめた途端、衰退がはじまる。常に卓越性を追求しなくてはならない。

2010/04/02

魔法のような機器 iPadがいよいよ発売

いよいよ話題になっている魔法のような機器「iPad」が2010年4月3日発売になる。前評価はどこが斬新なのかわからないというような辛口評価も多かったようだが、手に触れた人々の声は、それがただのタブレットとは思えない新しい価値を生み出してくれる、それこそ本当に魔法のような機器と呼ぶに相応しい製品がお目見えする。価格は500ドル程度。絶対に手に入れたい一品だ。Steve jobsがこだわり抜いた最高の逸品。世界をどう塗り替えるのだろうか。