2010/05/13

ロシア版シリコンバレー(Silicon Valley) スコルコボ(Skolkovo)


ロシアのメドベージェフ大統領が、モスクワ西部近郊スコルコボ(高級別荘地)の広大な国有地に、先端技術産業(主にエネルギー、IT、通信、バイオ、原子力)の研究施設などを誘致して、人口3万~4万人の、世界中から最もイノベーティブな人々が集まる “イノベーション都市”「ロシア版シリコンバレー」を建設する計画を発表した。100億ルーブル(約300億円)の政府予算が割り当てられた重要な国家プロジェクトである。そもそもロシアが米国のシリコンバレーを自国に作ろうという、これ以上にない皮肉は、シリコンバレーの歴史(Seacret History of Silicon Valley)を辿れば理解することができる。シリコンバレーが発展した背景には当時のソビエト連邦の存在が少なからず影響を与えていたというわけだ。ロシアにはなく、米国にシリコンバレーのような都市が創り出された条件を考えてみると、およそ現在のロシアでは、政府主導でそれを実現するのには困難だと容易に想像がつく。

米国からは、Ebayの社長兼CEOジョン・ドナヒューやTwitterの共同設立者の1人、ジャック・ドーシーや米国政府代表団13人がモスクワを訪問、VCであるエスター・ダイソンは「シリコンバレーを創るために必要なこと」を語っている。シリコンバレーを創り出すために必要なのは、有意義なイノベーションへ報い、失敗から学ぶ価値観を定着させること、そして優れた品質の製品、サービスを正当に評価し、それに正当な対価を支払う顧客の存在があるということ。果たしてロシアに、この2つがあるかどうか。

ロシア版シリコンバレー構想の一部抜粋
 -アドバイザリーはドミトリー・メドベージェフ大統領をはじめロシア政府の
   閣僚クラスが多数、海外からもリー・クァン・ユー元シンガポール首相等
  著名人が名を連ねている。
 -最先端の技術・製品を世界市場に供給し、2015年までに
   3000億~6000億円の売上を実現。
 -ビジネススクールの授業料は2年間で1000万円以上
 -高度専門技術者に対する入国規制を緩和する
 -労働許可証の有効期限を現在の1年から3年に延長し、
   その後も3年ごとに延長を可能とするほか、
   雇用主の確認だけで取得を可能にする。
 -高度専門技術者は年収200万ルーブル(約630万円)を
   下回らないこととし、労働許可証の取得者は同伴家族とともに
   居住権も与えられる。
 -住民税の税率も外国人の場合30%だが、高度専門技術者は
   13%に軽減される。

スコルコボが選ばれた理由として、大統領は、スコルコボの土地のほとんどを連邦政府が保有しており、開発が容易なことから、センター立ち上げまでのスピードを重視した点と語っているが、開発利権が絡んでいる可能性は高い。現に、スコルコボには新興富裕層が使うゴルフクラブもあるうえ、そもそも科学技術の集積する大学・研究機関の近隣ではなく、ビジネススクールであるスコルコボに設置されることに関して批判を浴びている。またこの国家プロジェクトにロシアは日本の先端技術を導入したい考えで、領土問題をエサに積極的な首脳会談を行っている。「日本の首相が誰になっても交渉を進める」と事業成功への意欲を強調している点からも、この事業への熱の入り方がうかがえる。

シリコンバレーといえば、スタンフォード大学だが、英国で言えばケンブリッジである。中世のハイテク産業であった羊毛産業、革新的な毛織物技術によって新製品を生み出し、ヨーロッパ大陸にも輸出するほど繁栄を誇り、羊毛産業で蓄えた莫大な富を、教育にも惜しみなく注いでいく。ケンブリッジは、近郊のハイテク産業の支援のために多数の研究所を有する。スコルコボにはこのような背景がないことが最大の欠点だと私は感じているが、世界の視線は、このスコルコボに注がれているのは間違いないようだ。

ロシアよ、汚職と賄賂まみれから脱却し、1バレル70ドルより上か下で一喜一憂するようなお粗末な経済基盤におさらばし、世界をワクワクさせてくれるようなイノベーティブな技術や企業をどんどん輩出してくれることを期待したいが、それよりも日本が、そのような活力を持たなくてはいけない。