店長職のサバイバルについて
はじめに店長職について書かせて頂いたときに触れましたが、我々星の数程、世界に存在している
店長は店長職というステージで競い合っているようなものです。
「フラット化する世界」にも書かれているようなことが平気で我々の隣で起こっているのです。
例えば、会計士にしても米国では簡単な書類作成ならインドの会社へアウトソーシングするそうです。
またシステムエンジニアについても簡単な、そして単調なプログラミングなら安い人件費で海外へ外部委託して事を済ませる時代。悲惨なのはわざわざ海を渡って英語を教えに来るネイティブスピーカー、たくさん未だ日本では見かけますが、なまりだらけ、ライセンスも微妙な教師が多く、そこで習う生徒は大変だと思います。今や時代はインターネットを通じてインド人の先生に英語を習うとか、彼らは仕事に対して貪欲なので綺麗な英語を話せる人材も豊富らしいです。
時空を越えたインターネットの特権を使って、我々の仕事は低賃金の海外勢に奪われていくのが現実です。もしかしたら店長職も危ないのでは?というのが私の考えで、隣の店舗に若くて優秀な外国人(しかも今までは発展途上国家と呼ばれていた国々の人々)がやってきて共に仕事をする世の中になるかもしれませんね。
そうゆうわけで店長職での生き残りについて考えて見ました。
皆さんは毎日毎日、店長としての仕事をこなしていると思いますが、ルーチン業務はやってますよね?
決められたことを決められた時間や一定の時間でこなしていく例のあれです。
あんなのは私は今後無意味な仕事としてやるべきでないと思います。
印鑑を押すのに何も意味はない。
なんの生産性もないんです。
あんなことを徹底的にできたところで会社は強くならないし、今以上の成果は挙げられませんよ。
但し重要なことであるのも事実ですので、店長としては、この判子を押す担当を鍛えて絶対にエラーがでないように仕込むことです。
またその他のルーチンと呼ばれている仕事は部下を育ててさっさと引退しましょう。
では店長は何をすべきか?
それは創造的な知的労働をすべきだと思います。
昔はブルーカラーと呼ばれる肉体労働がアウトソーシングの中心でしたが、今や知的労働がその対象、それは先程述べた通りです。
だからこれから生き残るためには創造的な知的労働に時間を使っていくことです。
具体的には何でしょうか。
それは売上げを200%にする方法とか、非常に困難で常識という前提の前に未だ考えて見たり、挑戦してみなかったことです。
もっと我々店長陣は革新的な仕事を創り出すこと。
無駄で不毛な仕事を排除していくことに集中力を割かなければなりません。
グーグルという会社は自分の持ち時間の80%を使って絶対にやらなければならない仕事をこなし、残りの20%を自分の研究や新たな挑戦に当てているそうです。
どうでしょうか。店長は店長として与えられたことだけをやっていればいいとか、これで十分とか考えてはいないでしょうか。
そうではなくて、やはりさっさと自分の仕事をきっちり80%の時間で120%の成果を挙げつつ、20%の時間を使って会社を変革してしまう、世の中をより良くしてしまうような仕事を我々はすべきなのではないでしょうか。
特に自分の明日より1年先や3年先を見据えてしっかりと学んでいくことも大切な仕事と私は考えます。
店長職というステージで生き残るためにはコモディティ化してしまった知的労働でなく創造的な知的労働が求められているのではないでしょうか。
私も生き残るために、この点に集中していく次第です。